逃源郷

世界は闇なのか

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失われた青春・其の弐

  4月29日(日)、晴れ、PM10:45
 みどりの日ということで、かなり晴れた今日。そして、今日は、あんま?というか二時間半くらいしか(勉強を)やってない。あんまヤル気が(無く)。少し、つまった。そういう時は、やらないに限る!
 そして、きのうは理由なき?(反抗)を見る。画面小さっ!!で今日も9時に起床。早速ごはんできるまで、そうじして、ふとんほして。ごはん多めに食って、いいとも見たり。今日の朝は少し長く感じた。で、12時過ぎに出発。風は良好。今日は、新屋方面を通った。で、人少しいて、(席を)独占できなかったし。(周りの人の)音楽うるさかったりしたけど。けっこう生物は相変わらず良好。でも世界史ヤバイぜったいに。でも、やり続けなきゃ。で、あまりにも行きづまったので、3:30頃やめる。しかし、サンクスの五十嵐君にはビックリ!!なんか変な…と思ってたけど。すごいぐうぜん!!で、橋渡って、時間あったので勝平へ散歩。初めてだったので。しかし、大町の雰囲気がいなめなかった。写真もとった。あーいう、突拍子のない所でとっていこうと思う。また、行こう!!道せまかったけど。で、帰る。五時頃到着。メガで、うどん買って、スプレー、ノート買って。食って、笑点、まる子見て、ねる。日曜のパターン!そんなんで、勉(強)しなかったけど、NHKのおかげで、スケール、宇宙の壮大さを分かった。やはり、地学に興味あり!!


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  1. 2005/04/29(金) 23:27:53|
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ペットの猫、その名は”さる”?

自分は猫を飼っている。一匹のメス猫だ。一人暮らしのアパートに住んでいるにもかかわらず。これ、こっそり飼っている訳ではなく、大家さんと不動産屋とも壁や床の修理費は実費で出すという条件付で認められているのだ。
小さいときから、猫や犬が大好きだった。ただ、自分はアトピー持ちでしかも家は転勤家族で小学校五年生までずっとアパート暮らしだったので、動物なんて飼ってもらえなかった。やっと、一軒家をかまえたと思ったら、今度は親に反対されて、いやそんなに強く親に主張した記憶はないが、やはり飼ってもらえなかった覚えがある。いや、実を言うと自分は野良猫や飼い犬に、登下校の時間にえさをあげるのが好きだったのだ。秋田のアパートに住んでいるときなんか、近くの民家を住家としているたくさんの野良猫たちに毎日えさを上げたり、はたまたアパート、自分は三階に住んでいたのだが、アパートの部屋の窓から舌を鳴らすと猫が大勢アパートの自分の部屋の下に集まってくるのだった。それぐらいなつかれていた。なんか、自分がたくさんの猫を操る主のようで、子供心に不思議な優越感に浸っていたっけ…。
とまあ、猫好きだった自分がそして大学に入り、やはりそこにも野良猫がたくさんいた。そして自分は映画サークルに入り、その部室があるサークル会館と呼ばれる建物があるのだが、そこで”さる”と出会った…。
確か自分が大学一年の時に、そのサークル会館を住家としている一匹の三毛猫(今では部員のみんなから”ミケ”と呼ばれている)がいたのだが、このミケがその年の五月にサークルの部室の前で子供を産んだのだ。その中の一匹が、そう今自分が飼っている”さる”なのだ。そしてその子猫たちのかわいらしさに惹かれ、当時の部室に行く目的はこの子猫たちに会いに行くためというほど、毎日サークル会館に、それこそ日中夜通い続けえさや牛乳をあげに行ったものだった。そうこうするうちに、一匹、また一匹と子猫はいなくなり結局最後に残った子猫は二匹になり、サークル会館付近に生息する猫は三匹となったのだった。やはり、自分はこの三匹にえさをやり続け、いつしかこれが毎日の日課になっていった。このとき自分は、ひょっとしたら大学四年間はサークル会館にいき猫に餌をやり続けてそれで終わるのかなあ、といった漠然とした不安にかられていた。そのときは、猫に餌をやること以外何もやってなかったんだな…。
そうこうしている内に、子猫共は親のミケと同等の体になるくらいに成長していった。もちろんさるも。そして、その年の10月に…。→続きへ
  1. 2005/04/29(金) 23:01:00|
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さよなら、さよならハリウッド

「アニーホール」「世界中がアイラヴユー」のウディ・アレン監督の最新作。
実際、頭使って思考をめぐらすような映画だと思っていたら、そんなことはなかった。単純明快なラヴコメディだった。初ウディ・アレンだったけど、彼の機知にとんだ笑いはなかなかのものだった。
内容的には、まず前半は言葉で多くを説明しすぎだなーって思った。ウディの過去の経歴や妻とウディの関係など。中盤がメインだから仕方ないのかな。そして、その中盤の映画撮影部分は、目の見えなくなったウディが次にどんなことをしでかしてくれるのかといった楽しみとともに、笑いも沸き起こる。ただ、その撮影シーンを見て思ったのは、やっぱりアマチュアのそれと違って人の数が圧倒的に多いってこと。カメラも監督は回していなかったし。パンフにも書いていたけど、ハリウッド映画の撮影は、監督なんて名ばかりで実際の現場を取り仕切るのは経営側のオーナーたちだとか。それに比べれば、アマチュア映画もしくは最近観た「サイドウェイ」他インディペンデント映画と呼ばれているものは、美術も証明も撮影もすべて監督のこだわりに基づいて撮影されると言うし。ウディが脱ハリウッドをもくろんでいる(?)のもうなづける。それと、役者に関して言えば皆初見の俳優ばかりだったけど、それぞれがそれぞれの役にはまりきっていて、違和感なく観れた。特にウディの元妻のキャリアウーマンっぷりが見事だった。それにしても元妻は何故あんなにもウディが映画を監督すべきだと、押しまくっていたのだろう?いくら才能があるからって、その後に起こるいざこざは目に見えていたであろうに。それと最後いとも簡単によりを戻したのは、ハリウッド式を感じてしまったが、それもまた彼なりの皮肉?と、何ともウディの頭のよさに感服してしまった。
とりあえず、アカデミーとった「アニーホール」を。これ、高校のときに観てあまりにわけが分からなかったので、途中で観るのをやめた記憶があるが、今観たら多少は理解できるかな?


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  1. 2005/04/29(金) 00:03:35|
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フルメタルジャケット

大好きな映画監督スタンリー・キューブリック監督の1987年度作品。
前半につきるのだと思う。キューブリック独特の空間配置とカメラワーク。「時計じかけ?」もそうだけど、視覚に訴えるあの奥深い空間と、整然と配置された兵隊の画。これだけでも見応えはある。作品のないようとしては、前半と後半を通して戦争という行為の中で人間の理性が崩壊していく様を、一人の人間の視点を通して描いていたのだと思う。特に前半がよい。訓練学校での厳しい鬼教官による訓練を通して、兵隊たちは見事に機械化=兵隊としての人間の理性の消失=個別性の没落が行われていく中で、ダメ人間のデブもまた、銃との出会いという他の兵隊たちとは違った方法でまた、理性をなくしていく。彼が狂気へと走る様はやはり圧巻。彼の目つきと雰囲気が前半部分の最初と最後で明らかに変わっている。(「シャイニング」のジャック・ニコルソンを彷彿とさせる。)またこの映画が他の戦争映画と異なる点は、あからさまな戦争批判をしているのではなくて、あくまで人間の狂気へと走る様を描いているところにあると思う。この映画でのベトナム戦争とは、あくまでそれを描くための背景に過ぎないと思う。また、そんな理性をなくして狂気へと走った人間というのもまた、人間の本質であるのだということをキューブリックは言いたかったのかもしれない。


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  1. 2005/04/28(木) 00:20:20|
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失われた青春?♪高校三年生♪

今日、バイト先で男子高校生が二人、新入りとして入ってきた。この仕事、予備校の生徒を家庭に電話して勧誘するものなんだけど、高校生らは初めて電話するにもかかわらず、臆することなく次から次に電話をかけていくのだ。確かに初心者ならではの、口噛みやふてぶてしさもあったが、その”当たって砕けろ!”の精神、その若き精神に揺れた。自分は行動する前にあーだこーだ色々考えあぐねた結果、行動に移しそして失敗するのだが(…)、その失敗を恐れるあまり行動に出るのすら臆することが多々ある。対して年齢違わないのに、この差、違いは一体何なんだって思ってしまった。あぁ、踏み出す勇気と砕ける精神が若さの特権だというのなら…。自分にとって、未来は暗い。
というわけで、タイトルの「失われた青春」に関して。自分は秋田で過ごした高校三年間を”暗黒の時代”と呼んでいる。その思い出は冬の冷たい空気と灰色の空、そして街。暖かさなどなかった。思えば、朝起きるのが億劫で朝ごはんがのどをまったく通らなかったり、学校で笑い合った記憶というものがない。そこに”青春”なんてなかった。
と、語るに尽くせない高校三年間の灰色の記憶。先日、秋田の実家に帰ったとき偶々高校生のときに書いていた日記を見つけ(というか、帰ったら暇だから必ずといっていいほど読むんだけど)、それを読んで今と見比べてみた。今と対して変わっていない部分もあったり、がきっぽいなーって思う部分もあったり。一応、同じ人間が書いた日記ということで、過去と対峙する時間=”失われた青春”を取り戻すために、高校三年生の時に書いていた日記の一部をしたためよう。

4月25日(水)、晴れ、PM9:10
 2日間の(日記を書いていない)空白。時間なかったのと、書くことなかったのと。書くことなかった。月・火はふつうの日で、大阪市立(大学)に(資料請求のはがき)送ったり、私立(大学)をいろいろ見てみたり。また変化する可能性80%。自分にとっての大阪が何なのか、いまいちよく分からん。自然、田舎にもあこがれるところあるし、よく分からーん!!
 そして、きのうの夜は久しに12時前にねた。リアルな夢も見た。夢の中でこれはゆめであって!!と願ってしまった。こんなはずでは…。あまりにリアルだったので。
 そして、今日は少し目覚めよし。で、裏から行く。生徒総会あったり、体育あったりと、正直少し調子のってるぞ!オレ。勉強にしても。少し笑いすぎてる。でもなんか、中学のときみたい。いろんな意味のかっとう。それは、友達間での。決して、一人での葛藤ではない。でも、今日の補習のことで、少し図にのっる!と改めて反省したので、やはり、このさぼり癖と、不誠実な性格をなんとかせんと。余裕がある証拠なんだけどね…。でも、明日はぜったい行く!!で、4:30ころ(家に)到着。5:30ころから(勉強を)やった。けっこうできるのね。少し安心。で、2時間センターの(勉強)やって、ごはん食って。これからふろ入って、またやります!!補習行かなかった分、ぜったい高得点とる!!そして、生物と世界史は土・日じゃないとムリ!!!


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  1. 2005/04/26(火) 23:25:04|
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恋愛小説家

97年度アカデミー賞の主演男優&女優賞をダブル受賞した作品。
日比谷のみゆき座が三月いっぱいで閉館するということで、過去の作品が上映されている中で、この作品を観てきた。みゆき座は意外と混んでいて、年配の方達が多かった。
いや、しかしこの映画やっぱりおもしろいし、泣ける。高校のとき観た時点では気づかなかった部分も多々あって。まず、中年のオッサンが恋愛して、犬を飼っただけで、多少の変化は訪れるものなのかなーって疑問に思った。ただ、そんなファンタジックな面を、あくまで主人公を精神科に通わせて薬も飲んでちょっと変わったという設定をおいたところにリアリティーを感じた。そう、この映画ファンタジックでありながら結構リアル。ジャック・ニコルソンとヘレン・ハントとの掛け合いとか。ヘレン・ハント、今見るとすごいわがままな女に感じた。結局自分のことを相手に見てほしいだけじゃないか。自分を相手に認めてもらいたい。でも、へレン自身ジャックのことを認めていない。こう考えると、このすれ違いもリアルだな。へレンが子供の世話の忙しさからいったん解放されたとき、”女”としての自分自身を見つめ直して、泣き崩れたシーンが良かった。”あたしが仲睦まじいカップルに嫉妬してる!”だって。仕事や忙しさに追われると、自分がどういう人間かを忘れてしまうんだな。”自分”をどこかに置き忘れてしまうようで。そして、忙しさから解放されて、自分と向き合ってみるとその隠されていた人間性に愕然とするという。これだから、大人になって社会に出て働くのが嫌になる。あと、ゲイの絵描きに関して言えば、やっぱりアーティストだなって思った。何もかも上手くいかなくなると、絵も描けないし、飼い犬も寄ってこないし、全てがマイナス指向に働く。でも、インスピレーションが沸いて、絵をかく意欲がわきでたとたん自信を取り戻し輝き始める。アーティストだな。純粋な。
高校の時に観て、何故この映画がすきなのかを上手くいえなかったけど、今ならこんなに言える。多分この映画、この先年を経るたびに新しい発見がぞくぞくと見つかる映画であると思う。そういう意味でも、これからも観続けたいベストな映画のひとつに違いない。今のこの感想と、何年後かに観た感想を見比べてみるとおもしろいかもしれない。数年後の自分へ…。


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  1. 2005/04/26(火) 22:31:38|
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DISTANCE

自分の大好きな映画「ワンダフルライフ」の是枝裕和監督の第3作目。
絆の再生を描きたかったのだろうか。相変わらず画は綺麗だし、役者の演技もナチュラルで引き込まれるし、時系列の過去と現在が錯綜する構成も違和感なく上手いなぁと思った。
人間の間に生まれる距離。時として、それまで信頼していた相手が、自分の理解できない、分かり合えない存在と化してしまう。その恐ろしさ。結局のところ、他人同士の信頼関係って一体何なんだろう。お互いの間にできた溝=ディスタンス。それをうめるためには、一体どうしたらいいのだろう。寺島進と夏木結衣の激高する、理解し会えないパートナーに激しく怒りをぶつけるシーンが印象に残った。
最後、ARATAは自分の家族を再生させようとしたのか。失われた時間と記憶。それを取り戻すためには…。


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  1. 2005/04/24(日) 20:18:49|
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ウェルカムトゥサラエボ

「イン・ディスワールド」「CODE46」のイギリスの奇才マイケル・ウィンターボトム監督作品。
自分の知らないところで、世界が回り、動いているのを知る。世界を知る手がかり。映画ってそんなものであってもいいと思う。
紛争の現実に焦点を当てた作品。自分たちの知らない場所で紛争は起き、殺戮が当たり前のように行われている。この現実にどう対処すべきか。この映画は答えを提示してはくれない。ただ、世界は広がる。

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  1. 2005/04/23(土) 23:08:57|
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すべてをすてる覚悟→アカルイミライ

すべてをすてる覚悟なんて、できるだろうか。
自分をとりまくすべての世界を。
でも、新しいことをはじめるには必ず何かを犠牲にしなければいけないと思う。捨てるものがなければ、前に進むことはできないと思う。

現状に甘えていてはいけない。
現状に満足してはいけない。

そうしなきゃ、アカルイミライなんか手に入れることはできやしない。
そうしなきゃ、アカルイミライなんか目指すこともできやしない。

すべてをすてる覚悟がほしい。
すべてをすてる覚悟を手にしたい。


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  1. 2005/04/23(土) 22:18:58|
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サマリア

04年度ベルリン銀熊賞を受賞した「悪い男」のキム・キドク監督の最新作。
正直イマイチぴんとこなかった。焦点がぶれすぎていて。自分的にはもっと主人公の女の子に焦点を当てて描いてほしかった。途中、視点が父親に切り替わってあれよあれよの間に終わってしまったから残念。結局、売春の是非を訴えたかったのか、父親の娘に対する愛情を描きたかったのか…。
あのラストも微妙だった。娘が車で追いかけていくところできればよかったのにって思った。ただ、プログラム見て「春の日は過ぎ行く」とは違い、頭で考えて、勉強しなければ良さが分からない映画なのかもしれないと思った。高尚な映画と言うか。その辺を考えると、「春の日?」とは違い、そしてレオス・カラックスと同じようにこれからも追い続けたい作品であり、監督であるのかもしれない。


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  1. 2005/04/22(金) 02:28:48|
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春の日は過ぎ行く

韓国の小津安二郎とうたわれる「八月のクリスマス」のホ・ジノ監督の第二作目。
前から気になっていたこの韓国映画を、やっと観ることができた。この全体的に統一されているロングショットの長回しの画と、癒し系音楽が効果的に使われていて、心落ち着いた。やはり自分はこの映画のような、ある意味日本映画に数多く存在する長回し&遠回しの映像が好みであることが分かった。綺麗で透明感のある映像も、是枝監督や岩井俊二監督を彷彿とさせて、やはり心落ち着く。
内容は男女の恋を、出会い、別れ、再生という一連の経過を言葉で説明することなく、あくまで映像の積み重ねで淡々と描いた作品。ある意味、誰もが経験する(と言っても自分はまだ経験したことが無いので大手をふって言えないが…)普遍的な恋愛観を、深くも無く、浅くも無く映画にしたって言う感じ。出会いの時期はお互い喜び、倦怠期が訪れ、そして別れ。結婚の話がでると恋はさめる。恋愛って夢に近いものなのかな。そして、別れた後思いを引きずるのは決まって男の方だったり。こう考えると、いかに「ロングバケーション」のような恋話が現実で起こりえないかが分かるし、「東京ラブストーリー」が以外にリアルにできていることも分かる。恋愛から結婚へって、うまく結びつかないんだな。
あと、ネットで見て韓国の女性像の変化や録音技師の仕事のメタファーについてかいていたけど、指摘されてあー、なるほどとすぐに気がつくような、大衆指向とミニシアター系指向がうまく混同したような映画。それとも監督の人生観が浅いのかな。とにかく作り的には好きな部類。観て得したって感じ。

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  1. 2005/04/22(金) 02:12:13|
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人非人とは

ここでひとつ、ペンネームの”人非人”についての説明を。
人非人とはつまり、
人であって人でないもの。
人の形をしてはいるが人でないもの。
それ、すなわち……。
世の中は人非人であふれかえっていると自分は思うのです。
”人非人”が”人”になるには、やはり”優しさ”が必要であると自分は思います。それも、”自分以外の世界”、すなわち”自分以外の全ての人間”=”他者”に対する優しさです。
相手が喜べばその喜びを分かち合い、相手が怒りを抱けばその怒りに耳を傾け、相手が悲しめばその悲しみに同情し、相手が苦しめばその苦しみに共感する、それが”人”のあるべき姿であると自分は考えます。
自分にとって、”人”への道のりはまだまだ程遠い…。
「早く人間になりたーーーーい!!!」という叫びが、どこからか聞こえてくるような気がします。
ここでひとつ、「日本昔ばなし」のエンディングテーマ曲「にんげんっていいな」をお届けしたいと思います。

いいないいな にんげんっていいな
あったかいごはんにぽかぽかおふろ
あったかいふとんでねむるんだろな
ぼくもかえろおうちへかえろ
でんでんでんぐりかえって ばいばいばい
  1. 2005/04/22(金) 01:51:00|
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永遠と一日

98年度カンヌパルムドール大賞を受賞した、ギリシャの映画監督テオ・アンゲロプロスの作品。
世界は本当に闇に包まれているのだなと思う。沈黙と闇。冬の厳しい寒さと閉塞感。それでも人間は生きていかなければならない。
永遠に海辺で、青空で、夏であればいいと思う。永遠のよそ者。生を感じるのはほんのひと時だけ。主人公にとっての唯一の希望は妻と過ごした夏の海辺の時間。過去の光と闇の対比が素晴らしい。人間が死ぬ直前に行き着く場所と記憶はあの夏の日。
真夜中に目を閉じて、そして闇が広がり、頭の中で過去のイメージが壮大に広がる。過去と対峙する夜。自分は夜に広がる過去の記憶をいつまでも持ち続けたいと思う。




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  1. 2005/04/20(水) 23:23:42|
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ポンヌフの恋人

フランスの奇才レオス・カラックスの「ボーイミーツガール」「汚れた血」に続く青春三部作の完結編。
何ともかわいらしいタイトルなので、内容もメルヘンチックなものかなと思っていたら大間違い。かなり激情的なフランス色モロ出しの映画だった。なんというか、心におさまりきらない感情=エモーションをそのまま映画にしてぶつけたっていう感じ。みると、この監督かなり痛い、メンヘル系の人なのかなーと思った。主人公、不眠症で薬飲んでるし。でも、都会の片隅でひっそりと生活する二人、誰も知らない二人だけの世界はよく表せていたと思う。ホームレス同士ってところが、これまで観た恋愛映画に無い荒廃した空気感をかもし出していた。二人、汚れきっていたから。
それにしても、この映画は激しい。指をピストルで打ったり、ガラスで腹を切ったり、彼女の写真を片っ端から燃やし尽くしたり…。あと?が数多くわきでる部分(例えば二人が別れようとして、海に落ちていきなり仲直りしたり…)があるけど、それも全てフランス映画だから…っていうくくりで納得させられてしまう映画。やれ、フランス映画、されどフランス映画。映画に理屈なんて求めるな!ってかー。


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  1. 2005/04/20(水) 22:58:38|
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沙羅双樹

「萌の朱雀」で97年度カンヌカメラドール大賞を受賞した、河瀬直美監督の作品。
結構期待していたが、多少すかされた感あり。結局何をやりたいのかがよく分からなかった。家族の崩壊ものかと思いきや、人物それぞれの心情にはあまり触れていなかったし。ただ、この監督の画は好き。山崎裕が撮る手振れのドキュメンタリー的で、太陽光や自然光が時折フレアとなって差し込んでくる画。是枝裕和監督や岩井俊二監督と似ていて、最近の流行なのかなと思った。
映画的には奈良の昔ながらの下町がふんだんに活用されていて、古き良き日本の風景を想起させる。あと、随所に出てくる日本文化。バサラ祭りの雨に打たれるシーンは良かったけど、何故父親は書道で”陰光”と書いたのだろう。と、人物の行動の原因がいまいちつかめず、?が多くつく作品だった。
ちなみに”沙羅双樹”とは、平家物語の冒頭に出てくる「祇園精舎の鐘の声,諸行無常の響きあり,沙羅双樹の花の色,盛者必滅の理をあらはす」のあれだそうです。万物の流転を表しているんだとか。いわれてみれば、確かに…。

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  1. 2005/04/20(水) 22:20:31|
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カナリア

「害虫」の塩田明彦監督最新作。
千葉劇場のレイトショーで、観客は自分一人だけだった。
作品はというと、少年少女の人を殺すことへの葛藤を描いているかと思いきや、そうではなくある宗教団体(劇中では”ニルヴァーナ”)が崩壊した後の、それに属していた人々のその後の物語を綴っている。まず、子役二人。女の子が上手かった。親の虐待や離婚といった、凄まじい家庭環境の中、必死で人目を阻んで生きる二人はある意味「誰も知らない」の子供たちと類似していた。ただ、この作品の主は”懸命に生きる子供たちの日常”ではなくて、あくまで宗教集団に属していた人間の実態とその後にある。途中、教団生活の実態も明らかになる。とにかくここで、人間が何故宗教を必要とするのかが分かる。人間は弱く、支えとなるものが欲しくなるので、それを宗教に求める。本当は強い”自分”というものを持ち、何があっても”自分”を支えに生きなければならないのに、それに自信が持てず崩れてしまう。宗教も一つの現実。窃盗や賄賂がこの社会で犯罪と扱われるように、その宗教の中にも独自の社会システムが存在するというわけだ。それに気づいて、この現実に適合していくことを決めた信者と、宗教内の秩序をまっとうして死んでいった信者。
最後、子供たちは寄り添って手をつないで生きていく。「誰も知らない」もそうだけど、最近の日本映画いや新聞にも書いていたけど、音楽にしても前向きな内容が多いと思う。今の先行き不透明で不安な世相を反映しているのかもしれない。とりあえず、宗教の価値観を良いか悪いかは別問題として、問い直すきっかけになる映画であることは間違いないと思う。

公式HP→http://www.shirous.com/canary/

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  1. 2005/04/19(火) 23:07:09|
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逃避行

ただ、この現実から逃げ出したいだけかもしれない。
そんなことは、分かっている。
映画を観たり、漫画を読んで一時的には現実から抜け出せても、戻ってくるのは結局のところこの現実。
自分に課せられた現実を努力すべきなのだろうか。
そんなことは、分かっている。
退屈だから?刺激がないから?
失敗するのを恐れている。
うまくいかないことを恐れている。
逃源郷。いや逃避行。
逃げ出してもそこは、現実。
そんなことは、分かっている。1.jpg

  1. 2005/04/19(火) 15:35:01|
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逃源郷

世界は闇のなか。
右も左も。
逃源郷とは、自分の行く先、未来。
光か闇か。tougen.jpg

  1. 2005/04/19(火) 04:05:40|
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人非人

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