逃源郷

世界は闇なのか

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バットマン ビギンズ

 バットマンシリーズ、実に8年ぶりとなる最新作。監督は「メメント」、「フォロウィング」などのイギリスの新鋭クリストファー・ノーラン。
 バットマン待望の新作をレイトショーで見てきたのだが、観客は10人いるかいないかで、「宇宙戦争」や「スターウォーズ」の影に明らかに隠れているなーと思った。でも、できはかなり良く、自分は今までのシリーズの中では最高傑作だと思った。公開時期をずらすべきだと思うんだけど…。なんか、もったいない。
 予告を見たときから、今までとは180度違う作風だったので本当にこれがあのバットマンなのか、と仰天してしまった。実は自分はバットマンシリーズは全て映画館の劇場で観ている。それくらい、バットマンという映画は思い入れが深い。まず、1作目の「バットマン」を観たときは確か幼稚園生のときで、映画は字幕だったので隣にいる父親に”今あの黒い人なんて言ったの?”などといちいち聞いていたので、親父にしてみればかなりうざい息子だっただろう。あまりにわけがわからなかったので、途中で抜け出し映画館の中を無駄に一人でぶらついていたことを記憶している。20050630112228.jpgちなみに「バットマン」「バットマンリターンズ」は、「ビックフィッシュ」などのヒット作を連発している変人ティム・バートンだ。基本的にこの2作はアクション映画というより、独特の世界観を持った人間ドラマであるようにも思える。そんなに派手なアクションはないし。しかも、どちらも主役のブルース・ウェインの影がうすく、悪役のドラマが主軸となっている。1作目が大物ジャック・ニコルソン。2作目がダニー・デビートとミシェル・ファイファー。個人的にはリターンズが一番すきなのだが、あまりにも暗く、悪役に精神的に加担しすぎているため評論家からは酷評されているらしい。次いで3、4作目の「バットマンフォーエバー」「バットマン&ロビン ミスターフリーズの逆襲」。もう、この2作は完全に駄作。前2作の独特の暗い陰影を持った世界観をぶち壊し、派手な脚色を持った単純な娯楽ハリウッド映画に姿を変えてしまったのだ。ただ、相変わらず悪役はゴージャスで3作目がジム・キャリーとトミーリー・ジョーンズ、4作目がシュワちゃんだ。もう、この2作は観なくていいと思う。3作目のビデオのパッケージなんてあまりに派手すぎて引いてしまった。バットマンがしばらく製作されなかったのも、4作目が大コケしたのが原因としてあると思うし。シュワちゃんがかわいそうだ。あんな中身のない悪役を演じるなんて、けっこう度胸あるな。

20050630112212.jpgてことで、話は長くなってしまったが今回のビギンズ。もう、作風というかそのアクションシーンの作り方も今までとは違いかなり金をかけているなーという印象を持った。言うなれば、「スパイダーマン」に対抗しているなあと思った。うん、明らかに。最後のモノレールのシーンなんか、本当にそうだし、悩めるヒーローという主人公の心の葛藤にも主軸を置いているところなんかも似通っている。しかも、この2つの映画は単純な勧善懲悪の図式では成り立っていない。悪役にも犯罪を犯すそれなりの理由が描かれる。今まで自分が観てきたハリウッドヒーローものは、単純な善対悪の図式で、有名な映画に「ダイ・ハード」なんてのがあるけど、悪役に同情の念を抱かせる隙などこの映画は与えてくれない。これは、冷戦という時代背景も関連しているように思えるし。資本主義=善、共産主義=悪と単純に割り切って悪に対する言及をおこたっていた結果なのだろう。冷戦が終わり、時代が経て単純な2項対立ではわりきれなくなった時代に即して、ハリウッドも単純な勧善懲悪ものでは観客の心はつかめないと考えたのだろう。そこで、現れたのが「スパイダーマン」だ。ここでは、今まで観たことのない悩めるヒーローが描かれる。ヒーローが自分がヒーローであることに悩む、その葛藤が描かれていた。
 そして、バットマンビギンズも主人公ブルース・ウェインの心に潜む恐怖に打ち勝つ葛藤が盛り込まれている。なぜ、彼がバットマンになったのか、今まで明かされなかったその宿命が遂に明らかになっていく。将来を約束された御曹司がバットマンに成り代わっていく過程を、かなり説得力を持って描いていた。その脇を大物俳優が固めているのも見応えがあった。同じ画面にマイケル・ケインとモーガン・フリーマンが登場したときは思わずびっくり。あと「シンドラーのリスト」のリーアム・ニーソンが敵役で、ゲイリー・オールドマンが珍しく善人な刑事役で出演している。

20050630112147.jpgもう、バットマンはやはり超かっこいい。バットマンは決して犯罪者を殺すようなことはしない。もう二度と犯罪を犯させないために、自分という恐怖をすりこませるだけである。自分という”正義”を、ゴッサムシティにおいて遂行していくのだ。
 ちなみにラストは、バットマンがゲイリー・オールドマン扮するゴードン警部補から、あの1作目の敵ジョーカーの犯罪取締りをお願いされて映画は幕を閉じる。ビギンズ→バットマンパート1へ。みたあと興奮して、遂ビデオ屋で「バットマン」を借りてきたしまった。家でビギンズの続編を観ているような。そんな感じ。

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  1. 2005/06/30(木) 11:17:06|
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さる、さる、さるパート2

退屈になってきたので、もっとさるの写真をアップ!

ツタヤで借りた青い袋の中に潜む、さる
saru8.jpg


リュックの下から顔を出しきょろつく、さる
saru9.jpg


振り向きざまに、はいチーズ☆
saru10.jpg


あー、まじかわいい?。
  1. 2005/06/28(火) 02:41:50|
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さる、さる、さる

なんかこのブログ、最近暗い記事ばっかりで見ている人からつまんないって言われている(泣)ので、無駄にさるの写真をあっぷしようと思います。



saru2.jpgsaru3.jpgsaru4.jpg


ビニール袋やダンボールと戯れるさる☆

saru5.jpgsaru6.jpgsaru7.jpg


和み、和み。
かなり、癒されます。
かわいい、かわいい。
愛しの、さる。
  1. 2005/06/27(月) 21:54:12|
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小谷の世界

今日、タワレコで小谷美紗子の最新アルバムadoreを買ってきました。小谷美紗子は、おそらく自分が今までで一番はまっているミュージシャンです。その出会いは、中学2年生の冬でした。たまたま見ていたミュージックステーションの、一番最後に曲を歌ったのが小谷美紗子で、曲は「The stone」でした。これを、聴いたとき中二ながらかなりの衝撃を覚えたとともに、なんだかものすごく切なくなったのを覚えています。さっそくCDを借りてきて、テープに録音したのですが、それ以来小谷の曲を聴くことはなく、名前とその曲だけがそれ以来記憶にだけ残っていったような気がします。というのも、小谷美紗子はテレビの露出度がかなり低いので、当時ネットなんかなかった時、しかも自分は秋田に住んでいたので、そんなマイナーなミュージシャンの情報は入ってくる由もありませんでした。
odani.jpgそれから千葉にやってきて、たまにはアルバムでも買って音楽にでもはまってみようかなーと思ったときに頭に浮かんだのが、小谷美紗子でした。そういえば、「The stone」なんていうめっちゃいい歌唄ってたっけなんて思い出しながら、ツタヤへ行って彼女の初期の頃のアルバム「PROFILE-too early-to-tell」を借りました。もう、めちゃくちゃいいんです、これが。彼女の自己犠牲をはらんだ独特の詩の世界や、天まで響きそうな力強い歌声が胸に響きました。

小谷ばっか聴いてます。夜、眠れんときは小谷の歌が響きます。

てことで、最新アルバムから一曲、詩だけですが紹介しようと思います。



  雨音呟く
作詞・作曲 小谷美紗子

嫌われたくない
自分のせいにされたくない
言いたいこと言えず
人任せにして悲しい

素直な曇り空 上手に泣いている
何から探そうか 雨音呟く

スポーツ観戦だけが 楽しみなこの頃の僕
贔屓にしているチームに勝利をたくして
自分に勝てないストレスをまやかしている

素直な曇り空 上手にぼやいている
何から始めようか 雨音呟く

今日も学校や会社で負けてきたよ
でも明日も行って来るよ

負けた選手に野次を飛ばしながら
本当は自分に野次を飛ばしていた

素直な曇り空 上手にぼやいている
何から話そうか 雨音呟く


最新アルバム「adore」ジャケット
adore.jpg

  1. 2005/06/27(月) 21:35:52|
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非力な、利己的な…

この、
非力な、

この、
利己的な、

この、
非力な、

この、
利己的な。


どうしようもないやつだとあざわらえ。


やさしさにたいするむじゅん。


この、
非力な、

この、
利己的な。


だれかぼくをきらいになってください。


なんてことはない、うそといつわりでぬりかためられた。


この、
非力な、

この、
利己的な。


hirikina.jpg

  1. 2005/06/25(土) 17:12:18|
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ブログサブタイトル変更

なんとなく、ブログのサブタイトルを変更します。
”世界は闇のなか”を文字って、。”世界は闇なのか”にします。そのうち、世界は闇じゃなくなるかもしれません。

なんとなく、去年書いた日記を見ていたら、あーなんか思春期だったのかなーなんて思いました。ちょっと遅れた思春期です。でも自分は、永遠に思春期であればいいなーとも思います。ずっと、あれこれどうでもいいようなこと悩みまくって、右往左往し続けたいです。前に進んでるような進んでいないような、そんな感じです。だから、贅沢なことかもしれませんが、安定しだすとどうにも物足りなさを感じてしまうのです。盗んだバイクで走り出してしまうような、ほとばしるわけの分からない胸の苦しみを感じないでいると、本当に自分は生きてんのかなーなんて疑問に思ったりします。もし、このまま年を取って、盗んだバイクで走り出してしまうような気持ちを感じることなしに大人になってしまったら、それはなんて退屈なことなのでしょう。大学を卒業して、就職して、働いて、結婚して、子供ができて、ローンを払って……。それはとても素晴らしい生き方だと思います。でも、自分はそういう生き方に対して疑問を投げかけていきたいのです。じゃあ自分はどうするんだっていうはなしですが。今のところその解決法といいますか、自分がどうしていくかはまだ決まってはいません。あー、でもこの時点で右往左往してるじゃないか。前に進んでるような進んでいないような。そろそろ、盗んだバイクで走り出したくなるかも?
うん、とにかくあの頃自分は若かったとか、思春期を取り戻したいとかいうけれど、人間いつまでも思春期でいるのはそんなに悪いことではない気がします。子供のように純粋な心で、とは全く違うのです。なんといいますか、世の中に対して反抗し続けよといいますか、疑問を持ち続けよといいますか、15歳のころ、なんかしらんけどむしゃくしゃして親に当たったことってないですかね?その、なんかしらん感じなんです。わからないから、むしゃくしゃするんです。解決策が見つからずに、右へ行ったり左へ行ったりしている感じです。なんかわからないけどむかつく奴とか、むかつく先生とかいましたよね?その、なんかわからん感じを大切にしていきたいと思うのです。
一日は昼と夜とで構成されています。一日中、お日様が照って、暗闇がなくて昼ばっかりだったら、つまらなくないですか?あー、なんかやっぱ贅沢ですわぁ。


sisyunnki.jpg

  1. 2005/06/24(金) 06:11:45|
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歩く、人

 今年度カンヌ国際映画祭で、邦画で唯一コンペ部門に出品された「バッシング」の小林政広監督の2001年度作品。
20050628030346.jpg今年のカンヌで名前を知ったこの監督の映画をはじめてみた。まったくといっていいほど無名で、超低予算であろう映画にもかかわらず、緒方拳や香川照之などの有名な俳優がでているし、よくできている作品でもあった。そのカメラワークも独特で、基本的に引きの画と役者の顔のアップの画面で構成されている。しかもなぜか全編声がアフレコで収録されている(多分。声と口に戦隊もののように違和感があった)。

20050624012929.jpg 内容としては、北海道の片田舎に住む家族の事情を淡々と描いている。妻を亡くして寂しさつのる老人緒方拳と、彼と2人きりで過ごし彼の面倒を見ている次男、そして家族を捨ててミュージシャンの道を志すが、半ば希望を見失っている長男。家族の崩壊という、ともすれば重くなってしまいそうなテーマだが、作り的には軽快な音楽と重く苦しい現実をあざ笑うかのような役者の演技で、コメディ仕立てになっている。苦しい現実なんて笑い飛ばしてしまえばいいんだ、と思ってしまった。
 映画の中で一番かわいそうだったのが、父の世話をしている次男だった。父のために自分のやりたいことをずっとがまんして、彼女にも時間の都合がつかず会えずじまい。結果、彼女にも振られてしまう。そしてその怒りを父親にではなく、長男の兄にぶつけていたところに弟の優しさを感じた。多分、本当に父を想っていたんだろうな。本人も嫌で世話してるわけじゃない、と言っていた。善良な人間だ。自分よりも他人の人間。そういう人は早死にするというが…。だからといって、長男を責める事もできないと思った。長男は家族よりも自分の夢を優先している。それもかなりの苦労がいるんじゃあないかなあと思った。長男は家族の力を借りずに、自分一人の力で生きている。きっと、家族を捨てたことに後悔もしていたんだろうな。うん、あの兄弟は反発しあいながらもお互いの生き方を認め合っているような気もした。

arukuhito.jpg 父親は父親で、妻がなくなった3回忌直前に、なじみの女性に会うために歩いて遠く離れた地に通っている。人の助けを借りないと、生きてはいけない老いの悲しみを感じた。だから、せめて好きな女性と会うときだけは人の助けを借りずに、ひたすら雪の中を歩いて行ったのかな。最後、次男がかぶせようとするジャケットをひたすら拒もうとする父親の姿は、男の意地とプライドを感じさせてくれた。
 この映画の人物たちは、みな何かしらの現実の苦しみにもがいているが、それをコメディとして軽快に描いているところがこの映画の魅力だと思う。それでも決して楽観視せずに、現実に対してちゃんと直視しているところもなお良い。新作の「バッシング」はイラク人質事件を題材に扱っているというので、こちらもぜひ期待したい。




  1. 2005/06/24(金) 01:25:21|
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善き人

善き人とは。

善き人とは、自分を押し殺して、
他人のために尽くすことのできる人だと思います。

善き人は、早死にするといいます。
そんなの、いやだけど…。

多分。

多分、自分は、
”自分”を押し殺すことのできない人間だと思います。


ここでひとつ、自分の好きな小谷美紗子の『crotchet』といううたを紹介しようと思います。

作詞・作曲 小谷美紗子

あなたが幸せなら 私は一人きりでもいい
あなたを好きでいるための時間も再会も必要ない

(中略)

あなたが歩けなくなったら わたしが足になってもいいですか
行きたい所へ自分で行けなくても あなたが自由に走る姿を見ていたい
私に一度だけ魔法が使えたなら
あなたの願いを叶えたい
あなたの目が見えなくなったら わたしのをあげてもいいですか
あなたが見たいものを見れる方がいい

人のために生きたいという感情を
あなたは人に気づかせる
”何でもない事だよ”と笑う
純朴さが特別に良い

(中略)

あなたが幸せなら私は一人きりでもいい
あなたが愛する人と幸せになって欲しい



ここで曲をお聞かせできないのが残念です。
とてもいいうたです。
  1. 2005/06/23(木) 04:06:32|
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そうです。

そうです。
自分は、幸せ者です。
帰るべき家があります。

そうです。
自分は、幸せ者です。
お金に困ることはありません。

そうです。
自分は幸せ者です。
恵まれた家族に育てられました。

そうです。
自分は、幸せ者です。
ありきたりだけど、平和な環境で過ごしてきました。

そうです。
自分は、幸せ者です。
自由に動かせる体があります。

そうです。
自分は、幸せ者です。
依るべき場所が存在します。

そうです。
自分は、幸せ者です。
頼るべき友人がいます。

そうです。
自分は、幸せ者です。
愛すべき猫がいます。

そうです。
自分は、幸せ者です。
学べる場所と道具に困ることはありません。

そうです。
自分は、幸せ者です。
将来、手にすることのできる選択肢が多様に存在します。

そうです。
自分は、幸せ者です。
死の危険性も、飢えの苦しみも、存在しません。

そうです。
自分は、幸せ者です。
寂しさも、孤独も、感じることはありません。

そうです。
自分は、幸せ者です。
のしかかる胸の苦しみなど、感じることはありません。

好きなことをしようと思えば、例えば映画を観ようと思えば簡単に観ることができます。
食べたいときに、食べることができます。
眠りたいときに、眠ることができます。
もう、何でも手にすることができます。

ものにあふれ、贅沢の限りをつくし、欲を満たし、苦しみを感じることのない、この自由な存在。

そうです。
自分は、幸せ者です。
ただの、生きる固体です。


soudesu.jpg

  1. 2005/06/23(木) 00:38:38|
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ミリオンダラー・ベイビー

 本年度アカデミー賞作品賞他主要4部門を受賞した、クリント・イーストウッド監督最新作。
 かなり期待していたが、多少的外れされた感じだった。ただ主役3人の人物描写はかなり緻密で深く掘り下げられているし、ストーリーにも矛盾がなく、丁寧に作られているところはアカデミー賞取ったのもうなずける。まあ、あまりに完璧にできている分、あまり突っ込むべきところがないといえばそうなってしまうがとにかく、役者の演技がうますぎる。ヒラリー・スワンクはもちろん、この映画でやっとオスカーを受賞したモーガン・フリーマン。正直「ショーシャンクの空に」で受賞して欲しかったが、この映画の役どころも主人公の活躍を影でそっと見守る物語の語りべ的存在だ。まじで名脇役だと思う。全てを悟っているかのようなあのまなざしと存在感。日本の役者でいうと、誰にあたるんだろう。田中那衛?なんか違うような…。とにかく、彼がいるからこの映画は成り立っている。正直、後半もっと出番を増やして欲しかったがあくまでメインはイーストウッドとヒラリーの擬似家族愛にあるから仕方がないか。それとイーストウッド演じるフランキーの寡黙で孤独を抱えるトレーナー役も、見事にはまっていた。
mirion2.jpgmirion3.jpgmirion4.jpg

 物語は、フランキーとヒラリー演じるマギーとの心の交流ともいうべき親子愛がはぐくまれていく様子を、丁寧に描いている。その描き方はすごい良かった。お互い一人娘と疎遠だったり、マギーが父親を失くしているという共通の孤独を抱えている同士、惹かれあっていく様はまるで二人が本当の親子のようであった。ただ、後半の尊厳死のくだり。これはいかにも賞を狙いにいっているようで、本当に必要だったのかなあなんて思った。流行なのだろう、尊厳死は。社会的なテーマももりこんでおけば、賞も取りやすいのかもしれないし。同じくアカデミー外国語映画賞を受賞した「海を飛ぶ夢」も尊厳死がテーマだし。そのうち遅れて日本でも、尊厳死ものがやるような予感。
 あと、内容とはあまり関係ないけどマギーの家族の描き方がどうにも鼻についてしまった。マギーが稼いだ賞金で家を買ってあげたにもかかわらず、家なんていらない、お金でよかったなんて母親に言われたり。なんかその描き方が、いかにも悪の権化まるだしだったので、やっぱりハリウッドはどこかで必ず善悪の対立をはっきり描かないと気がすまないものなのかなと思った。その善悪の描き方があまりにも分かり安すぎる。イーストウッドが西部劇出身ってことも要因としてある気もする。とにかく、ハリウッドの映画は(全部がそうだとは言えないが)善と悪を明確に分けようとするからいまいち好きになれない。それはどこかアメリカの対外戦略にも通じるところがあるような気もするし。
 いずれにせよこの映画は重いし、にもかかわらずそんなに涙腺がうるまない映画だった。ただ、役者の演技を見るだけの価値は十分にあると思う。尊厳死とか家族愛とかいろいろ語るべきところはあるとはおもうけど、そこまでたいして映画の中で深く追求されていないので特に言及はしません。尊厳死ものなら、もう「海を飛ぶ夢」という映画があるし、家族愛ものなら他にもっといい映画があった気がする。うん、多分この映画は来年の今頃にはそういえば観たっけ?という記憶から薄れていくような映画であることは、間違いない。
20050622070842.jpg


  1. 2005/06/22(水) 07:05:01|
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ペットの猫、その名は”さる”?

 1ヶ月近く更新していなかった、このコンテンツ。前回の続きからはじめます。
 なんとかダンボールの中に、怪我をしたさるを無理やり入れ込み、逃げ出さないようにガムテープを張り大学近くにある動物病院へ。自転車で走行中、奇妙なうなり声をさるは上げていたし、横切る人の目線がかなり気になったが、なんとか病院に到着。
 早速中に入り、診察をしてもらう。車にひかれたことなど、自分の飼っている猫ではなく野良猫であることも説明しつつ。診察はそれほど丁寧なものでなく、サルの体を医者が手で触ってどこが折れているかなどが確かめられ、結果右の前足が折れていることが判明した。幾分、物足りない診察だったのでそのことを医者に伝えたら、医者は”大学にたくさんいる野良猫のうちの一匹でしょ。あなたも学生なんだし、治療しても…ねえ…”と、野良猫だからという理由で本格的な治療を拒むようなことを言われた。おそらく、今夜が山場だ、と伝えられ、痛み止めの注射を打ってもらい、何の薬ももらわないまま病院をあとにした。
 自分は、この猫はもう助からないんだろうと思った。治療するにしても、お金がたくさんかかるし、まして自分はアパート住まいなので飼えるはずもない。すごい、自分の無力さを痛感してしまった。
 それでも、2、3日は面倒をみようとさるを自宅に引き入れ、えさと猫砂を買い込んでさるを見守った。さるは部屋に入れると、警戒心からか部屋の奥の暗い影のところでじっとしたまま動かなかった。それでも、トイレはちゃんと猫砂のところまで足を引きずりながらも行って排泄し、猫缶も手で差し出してあげることができた。
 ところがその日の夜、さるが急に猫砂の上で下血をした。最初、おしっこかなと思っていたがそれは血で、白い猫砂が真っ赤に染まったので自分は”これは本格的にやばい”と思い、急いで電話帳で夜間でもやっている動物病院を探し出し、またダンボールの中にさるを入れてそこへ向かった。
 自転車で約30分かかる、稲毛にある動物病院。途中、ダンボールの中でさるは死んでしまうんじゃあないかとずっと心配で仕方がなかったが、病院に着いてもさるはなんとか生きていた。診察室の中に入り、最初に行った病院とはうって変わって、かなり丁寧に診察してもらいレントゲン写真も撮ってもらう。すると、前足ではなく後ろの左足が骨折していることがわかり、下血は体内で内出血しているせいかもしれないと言われた。他には特に異常はなく、痛み止めの薬を数週間飲ませ、新鮮な水をあげ続ければ命に別状はないと言われた。
 薬をもらい、自宅へ戻った。ほっとした反面、ここまで面倒を見た以上飼いつづけなくてはならないことも不安になった。2週間後に様子を見たいのでまた来て下さいと言われたので、足が完治するまで面倒をみようと思っていたら、今でも1年半以上一緒にこうやって暮らしているわけだ。多分猫を飼ったことのある人なら分かると思うが、もうほんとに自分の猫は可愛くて仕方がない。野良猫や他の猫のかわいさが分からなくなるほど、さるが愛しい。

大好きなさる。
もう自分の子供のよう。
なでると、ごろごろ。
夜はいつのまにか自分の布団の上で寝ている。
今も網戸の横で、外を眺めている。
愛しきさる。
♪あ?よかったな、あなたがいて?
 ああ?よかったな、一緒にいて?♪


saru1.jpg

  1. 2005/06/22(水) 03:26:34|
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弱者を救う思想

今回は
小泉信三 『共産主義批判の常識』 1949年 講談社学術文庫
を紹介します。
この本は、かねてから興味があった社会主義・共産主義に関する知識を得たいと思い読み始めました。かなり古い本ですが、史実と文献分析に基づいて忠実に書かれているので、時代性を感じることはほとんどなく、分かりやすく読みやすいものでした。
自分がそれまで抱いていた共産主義とは、いわゆる”左翼的”だとか、マイノリティーでちょっと危ない匂いをかもし出しているイメージでした。ただ、それはあくまで誤った先入観であることを、この本は証明してくれました。共産主義の根本にある思想は、暴力でも一権独裁でもなく、あくまで弱者を貧困から救い、彼らに自由で平等な権利を提供するところにあります。
共産主義に対するマイナスなイメージが蔓延しているのは、おそらく社会主義国ソ連の崩壊が要因の一つとしてあるように思えます。ソ連はレーニンやスターリンによって、マルクスの思想を受け継いだ形で国づくりが行われていきました。しかし、2人はマルクスの思想を誤って解釈し、間違った方向にソ連は進んでしまったと、作者は主張しています。ソ連では貧困から救うために、国が食物を民衆に提供する代わりに、強制的に民衆を労働に駆り立てていたというのです。よく知られているように、それは囚人労働と呼ばれていて、人々の間には思想や言論の自由などほとんどといっていいほど無く、人間が持つ自由な権利など存在していなかったようです。ソ連崩壊後に明らかになった社会主義国の実態が原因で、共産主義に対する不信が蔓延しているのだと思います。かくいう自分も、この本をバイト先の合間に読んでいたら、隣に座っていた先輩の女性に「何でこんな本読んでるの!?気持ち悪ーい!!」となぜか引かれてしまったのを記憶しています。電車で読むときも、カバーが見えないようにこっそり読んでいました。
ともあれ、共産主義の思想を紹介しながら、あくまで作者はタイトル通り共産主義を批判しています。マルクスが主張する共産主義には、”プロレタリア革命が起こるには資本主義の崩壊が必然である”という主張が存在します。つまり、世の中に貧困が生まれるのは資本主義が原因で、その成長が貧困をますます生み出し、それが崩壊すれば世の中から貧困は無くなり弱者の立場はよくなるというのです。しかし、作者はヨーロッパの資本主義国を例に取って、資本主義が成長すればするほど市民の生活が苦になるどころか、逆に生活の質は向上し貧者は少なくなっていくと主張しています。そしてそのためには、よく働き勤勉しなくてはならないと声高にさけんでいます。つまり、共産主義における革命は資本主義の崩壊をじっと待たなければならないのです。資本主義の崩壊なしに、革命など起こりえないのです。資本主義は悪の権化どころか、あらゆる社会システムの中では、相対的に比べると圧倒的に優位なシステムであり、それが崩壊することは今ではもう考えられないでしょう。
今日、共産主義は終わった思想だといわれていますが、”弱者を救う”という根本にある思想は受け継いでいくべきであり、それがこの思想のもつ永遠の魅力なのだと思います。
ちなみにこの本は、搾取論や経済システムに関する言及もなされているので、何度でも読み返すことのできる共産主義の格好の入門書であると思います。
もうひとつ、今読んでいる
今村仁司 『マルクス入門』 2005年 ちくま新書
もマルクスが掲げた思想を知るのに役立つ本です。






  1. 2005/06/21(火) 02:04:39|
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ある特定の誰かではなく、弱く儚いすべてのものへ発するこの電波

ある特定のだれかではなく、弱く儚いすべてのものへ発する電波。

昨日(6/19)、自分が毎日通っている大学のサークル会館で放火事件があった。燃えたのは、サークル会館1階階段横の物置き場。火災報知機がなったのが、午前8辞37分。その後、それに気づいた、合宿中だったあるサークルの部員と自分のサークルの部員数人でバケツリレーや消火器を使って、火は消し止められたらしい。その後、消防隊がかけつけ現場検証。10時前に自分はサークルのOBに呼び出され、現場に着いた頃には一階の床は水浸しだった。
TVで流されたニュースによれば、タバコの不始末か放火の疑いがあるらしい。
おそらく、学生による放火だと思う。ちょうど、その前日、夜の11頃サークル会館に行ったら、一階掲示板、つまり燃えた場所のちょうど目の前にあった掲示板に張ってあったビラがこげてはがれているのを目にした。おそらく、同一犯の仕業だと思う。何かもやもやしたものがあって、抑え切れなくなった怒りのはきだめとして火を付けたのか、はたまた単なる遊び心でやってしまったことなのか…。いずれにしても、火をつけたのには何かしらの理由があるのは確かなことだと思う。でも、一歩間違えれば大惨事になることを、火をつける前に想像して欲しかった。そして、そのことでかなり多くの人に迷惑をかけることになることも考えて欲しかった。
ただ、どうしても自分では止められなくなる思いや行動って誰にでもあると思う。別に犯人を擁護するわけではないけれども、火をつけた人の周りの人間にその行動を止めてあげることはできなかったのだろうか。そもそも、事件の加害者とはどういうことなのだろう。人殺しであれば、相手を刺して殺した張本人、放火であれば火をつけた張本人…。その張本人だけが刑によって罰せられる。では、周りにいた人間にはなんの責任も罪もないのだろうか。人間は、周りの環境や周囲の人間に影響され、そして曲がった道を進む人もいれば、正しい方向に進む人もいると思う。犯罪を犯すまでに、当人を追いやった環境がもしあるとすれば、その環境に属していた人たちには何の罪も責任もないのだろうか。自己責任、自責の念…。

そして、現場が落ち着いたあと、サークルの部員と一緒に床の水を外に掃きだす作業をした。しばらくして、学長と学生課の公務員であろういわゆる”官僚”の方々が、燃えた現場の視察にいらっしゃった。”官僚”の方々は、休日らしくラフな格好をして、そのあとゴルフにでも行くかのようなふぜいで、現場をじろじろと見ていらっしゃった。掃除をしている人たちを尻目に、いぶかしげにサークル会館を、そして初めて訪れたかのように一階を見て周り、去っていった。

事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きているんだ!!

正義とは、いったい何かね?


houka.jpg

  1. 2005/06/21(火) 01:09:40|
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ピアニスト

 今年度カンヌ国際映画祭で、監督賞を受賞したミヒャエル・ハネケ監督の’01年度カンヌグランプリ他3冠に輝いた作品。
 ケン・ローチ同様、やはり以前から気になっていたこの映画をやっと観ることができたが、正直何が良いのかさっぱり分からない映画だった。マゾ癖のある40代のおばさんピアニストとその教え子の青年との歪んだ愛を描いているのだが、その2人の愛の描き方が単なるSEX描写だけにとどまっているような気がしてならなかった。男女2人が出会ったらすぐにSEXを始めるという、いかにもフランス映画丸出しで、以下にフランス人が性に対する欲求が強いのかが分かる(フランス人に限った話ではないかもしれないが…)。今まで恋愛など経験したことの無いであろう生真面目なおばさんが、青年の一方的でかつ情熱的な愛情に取り込まれていき、そして理想と現実のギャップを痛感し打ちのめされていく様は何だか惨めな姿だった。別れた後青年は何事も無かったかのように彼女に笑顔で挨拶するのに対し、彼女は自ら胸にナイフを突き刺す。心の痛みを現実の痛みへと変えて、少しでも傷を癒そうとしたのだろうか。青年はこれからもいろんな恋愛を経験していくのだろう。なんだかおばさんが青年の踏み台にされた感じがして、なお惨めで哀れだな。
 ところでこのカンヌ映画祭と言うのは、とかくこのような歪んだ愛情劇をグランプリにするな。「奇跡の海」が特にそうで、半身不随となった夫への愛のために自ら娼婦となって身を引き裂かれていく女性のという、これのどこが愛情なんだ!と怒りで身がよじれてしまいそうになる作品だった。あとこの「ピアニスト」は主演女優&男優賞をダブル受賞しているが、とかくカンヌは無機質・無表情な役を演じている役者に賞をあげている。「息子のまなざし」とか「過去のない男」とか。オーバーで過激な演技をするハリウッドに対抗してるのかな?
 とにかくこの映画は、こんな男女の関係もあるんだなと実感させられる映画だった。ただ、それだけだったような…。


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  1. 2005/06/19(日) 03:15:59|
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めざめ

今回は、たまには大学生らしく、自分が読んだこれまでの政治思想・社会思想系の書籍の紹介をしたいと思います。
その前になぜ自分が、それまでまったく興味がなかった政治・社会系の本を読み始めようと思ったかを説明したいと思います。
そのような本を、本格的に読み始めたのは去年の11月頃なのですが、それまで自分は太宰治や吉本ばなな、重松清の小説をちょこっと読むくらいで、まったく政治・社会系の本は読んだことがありませんでした。つまり、自分はまったくと言っていいほど、政治や社会に対する興味関心が無かったわけです。新聞は読んでいなかったし、TVのニュースも起こった犯罪や事件に関するニュースならともかく、アメリカとイラクがどうしただの、自衛隊がどうしただのというニュースには全くといっていいほど、目が向きませんでした。
そんな自分に一つの衝撃を与えたのが、去年の10月末に起こった、イラクでの香田さん人質事件です。
当時自分はオーストラリアへ、ワーキングホリデーをしたいと考えていました。というのも、毎日の日々に刺激が無く、退屈な日常を抜け出して海外にでも行けば何か目新しいものでも見つかるのでは、と考えていたからです。海外への憧れと言いますか、海外での旅への憧れであったのかもしれません。でも、そのときは行こうとする決意がいまいち起こらない状態でした。そんなときに耳にしたのが、この香田さんの事件です。そして、驚いたことにその香田さんもワーキングホリデーをしていて、その最中に人質にあったというのです。香田さんがイラクへ行く直前に対面した人物によれば、香田さんは危険であることを承知でイラクに赴いていったというのです。自分は当初、その香田さんの行動が理解できませんでした。でも、ワーキングホリデーをして、日本以外の各地で起こっている貧困や紛争を目の当たりにして、それがイラクでも起こっていると知ったときに、いてもたってもいられなくなったのではないかと考えるようになりました。香田さんのその行動は、自分が一体イラクで起こっている悲惨な状況に対して何ができるかを、真剣に考えた末の結果だったのかもしれません。これは、あくまで自分の想像に過ぎません。でも、ひょっとしたら自分もワーキングホリデーをしていたら、同じ境遇に陥ってしまったかもしれない…。世界には、同じような事件に遭遇する可能性のある人がたくさんいるのではないか…。
結局政府は、テロ集団の自衛隊撤去の要求をのまずに、香田さんはテロ集団によって殺害されてしまいました。自衛隊を撤去したくない理由が政府側にあるにせよ、香田さんがイラクへ行ったのは自己責任の問題だと、事件を香田さん一人だけのせいにして問題を解決しようとした政府に対して怒りを感じます。一人の人間の命が、国の利益のために見殺しにされてしまったのです。香田さんが涙ながらに、小泉首相に撤退をお願いしていた映像は、今も頭に鮮烈に残っています。香田さんは、テロ集団にではなく、日本と言う国によって殺されたといっても過言ではありません。また、その殺害の映像をネットで見て、気持ち悪いだの、おぞましいだのと口にして、事件や香田さんに対して考えを追求しようとしない人たちに対しても怒りを感じます。香田さんの死が、ネット上でもてあそばれているようで仕方がありません。それは、香田さんの尊厳を傷つけていることにもつながると自分は考えます。
この事件をきっかけに、一体今イラクで何が起こっているのか、なぜ日本の自衛隊がイラクに駐留しているのかといった疑問が沸き起こるようになりました。そしてそれにはアメリカと言う存在が深く関わっていて、イラク戦争が起こり、日本はアメリカに追従する形で自衛隊を駐留させていることが、だんだんと分かってきました。ではなぜ日本は戦争に参加しない国で、憲法9条がそれを保障しているのに、自衛隊を派遣させるのか…。こういった疑問を解決させるために、新聞を読み、ニュースを見るようになり、そして本を読み始めるようになったのです。
こうして、自分は世界で起こっていることや社会に対して目が向くようになりました。香田さんの事件をきっかけに、自分の世界は広がっていったのです。ただ、以前にも書きましたが自分の世界を構成しているのは新聞やネットで得た知識だけではなく、自分以外の世界=他者、つまり自分がこれまで出会った友人の影響も左右していることは重要なことです。自分という存在は、決して自分一人の力だけで成り立っているわけではないのです。
話は長くなりましたが、香田さんの事件を機に自分はそれまで興味の無かった、政治・社会系の本を手にするようになりました。ただ、自分はもともと活字が苦手で、そんな自分にとって本を読む行為はかなり骨をおる作業であります。読むペースもかなり遅いです。それでもなんとか、これまでにいくらかの本を読破することはできました。そして、これからそんな今まで読んだ本のいくつかを紹介していこうと思います。


仲正昌樹 2003年 『「不自由」論ー「何でも自己決定」の限界』
……この本は、香田さんの事件でよく話題となった”自己責任”という言葉のもつ意味と、その背景が知りたくなって読み始めました。そもそも自己責任から生じる”自己決定”とは、果たして自分一人だけの判断によるものなのか、周りの環境に左右されることはないのだろうか。その答えに作者は”NO”と答えています。人間という存在は、育った環境や周りの家族、さらには育った場所の社会通念、分かりやすく言うと”イデオロギー”や”法”によって規定されるものだ、と作者は主張しています。つまり、人間の純粋な主体性はもともと存在しないわけで、必然的に社会性を帯びるものだとも主張しています。だから、香田さんの事件を例にとると、それを単純に本人だけの自己責任と決め付けるのではなく、イラク行きを止めようとすることができなかった、もしくは説得することのできなかった周りの環境にも少しの責任はあったのではないかと、自分は考えます。この本は、アーレントやルソー、リベラリズムへの言及もしてあって、興味深いし、読みやすいので、お薦めの本ですあります。

次回は、小泉信三氏の『共産主義批判の常識』を紹介したいと思います。


  1. 2005/06/18(土) 02:02:30|
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いかり

いかりが、わきおこる。

そのいかりは、自分にたいしてむけられるものでもあり、自分いがいの世界=他者にたいしてむけられるものでもあり。

自分のくるしみをりかいしてもらえないいかり、相手のくるしみをくみとろうとしないものへのいかり。


優しさと怒りは、つねに相反しあうけれども、つねに共存しあっている。
相手に向けた優しさに対する後悔、それが怒りとなり、体中をかけめぐり、あふれた怒りが言葉となって、体の中から外へ吐き出される。
自分に向けられた優しさに対しての敬意の念を、心と体を使って表さないことで溢れる後悔、それが自分に対する怒りとなり、体中をかけめぐり、あふれた怒りは反省として、相手への優しさとなって、体の中から外へ吐き出される。
優しさと怒りは、つねに相反しあうけれども、つねに体の中で循環しあっている。


いかりが、わきおこる。

そのいかりは、自分にたいしてむけられるものでもあり、自分いがいの世界=他者にたいしてむけられるものでもあり。

異質なものをうけいれようとしない自分へのいかり、異質なものをこばもうとする自分いがいの世界=他者へのいかり。


受容と怒りも、つねに相反しあうけれども、つねに体の中で循環しあっている。


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  1. 2005/06/18(土) 01:14:43|
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やさしくキスをして

 「ケス」「SWEET SIXTEEN」のイギリスの巨匠ケン・ローチ監督最新作。
 以前から気にかけていたケン・ローチ監督の映画をはじめて観た。年齢的にも巨匠と呼ばれているにもかかわらず、同じくイギリスのマイク・リー監督やキューブリック監督とは違い、若者向けのポップな作品に仕上がっているなと思った。しかしその内容は恋愛の前に立ちはだかる宗教の壁という、日本ではあまり見られないであろう、移民大国ならではの重々しいテーマがはらんでいる。この映画を観て、人間にとっていかに宗教というものが重要さを秘めているかを痛感した。
 それにしても、この映画の主人公の女性ロシーンは、恋愛において一切の妥協を許していない。イスラム教徒の彼が、ロシーンと付き合うために、約束していた婚約を破棄し、家族とも絶縁しようとし、かなりのマイナスな要因を負っているのに対し、彼女はそんな彼の事情を分かろうともせずに、一方的に自分の気持ちだけを彼にぶつける。これでは、イスラム教徒の彼が不公平ではないかと思ってしまった。彼女もある程度の妥協は必要なんじゃないかな(例えばカソリックからイスラム教に改宗するとか)とも思うけど、宗教観にとらわれない自由で強靭な個が確立してしまっている当人にとって、やはりそんな妥協は難題なことなのだろう。ただ、映画を観ていて、この女性わがままだなーと幾多も思ったことは否めません…(これを見ている女性の方々へ、決して女性の立場を糾弾しているわけではないのであしからず…)
 あと、二人の劇中に何度も出てくるラブシーン。肌の違う二人の男女が裸で抱き合っている。無用に長いラブシーンだなとは思ったが、民族や宗教を超えた人間同士のつながり、つまるところグローバルな個人同士の結びつきを願う、監督のメッセージ性の表れなのかなとも思った。ヨーロッパで起こっている紛争も宗教の違いから起こるものがほとんどだ。宗教や民族が違えど、お互いに心を通じ合うことはできる(お互いにある程度の妥協は必要だが…)という、大きく言えば平和へのメッセージなのかもしれない。


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  1. 2005/06/16(木) 04:57:53|
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きれいごと

これから、きれいごとを言います。

平和。
愛。
自由。
平等。
友愛。
人類、みな同じ。
助け合い。
思いやり。
みんな仲良く、手を取り合って。
みな、分かり合える。
純粋なこころ。
優しさ。
君の苦しみは僕のもの。
ボランティア。
募金。
弱者を救おう。
救いの手をさしだそう。
博愛。
人の笑顔。
無垢な心。
清らかな涙。
一生懸命がんばりました。
楽しかった運動会。
先生さようなら。
離れ離れになるのは寂しいよ。
別れても、心は一緒だよ。
いじめをなくそう。
うそはつくなよ。
みんな素直だね。
戦争反対!
君っていいやつだね。
信じる。
かみさまほとけさま。
世界はひとつ。
お金持ちの発言。
政治家の一言。
TVのコメンテーター。
みんな愛してる。
輪になっておどろ!
みんなで練習しよ!そうすれば勝てるよ!
正しさ。
公平。
公共哲学。
NGO。




愛とか正義は、自分の中にあればいい。


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  1. 2005/06/16(木) 02:21:55|
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ブログを公開?

この度、この逃源郷のブログを、もっとたくさんの方々に見てもらうために、自分の数少ない(泣)知人に一般公開することにしました。言葉で言い表せない想いや、考えは誰しもがもっていると想います。それを、このブログに観た映画の感想とともにぶつけています。
家にいて暇なとき、もしくは学校の授業中手持ちぶさたなとき、どうぞのぞいてやってください。コメントの書き込み、大歓迎です。自分の考えに対して、反論していただいてもかまいません。あなたの意見、お聞かせください。
それでは、どうぞよろしくお願いします、ペコリ。

ちなみに下の写真は、先月母親と行って来たディズニーシーへ向かう途中のモノレールの窓から撮った写真です。行ったことがある人なら分かると思いますが、このモノレールの窓の形はミッキーやミニーの形をしていて、窓からは東京湾?の景色を眺めることができ、葛西臨海公園の観覧車も見ることができます。この日は晴れていたし、最後のパレードで花火も見ることができました。サークルへの土産に、映画「アラジン」のキャラクター、ジニーの形をしたお菓子箱を買いました。あっという間にお菓子はなくなってしまいましたが…。今度はランドのほうにも行きたいですね。今度は母親とではなくて、ちゃんとした人と…って誰のことだ!?


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  1. 2005/06/13(月) 14:50:03|
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人間愛の欠如

人間愛が欠如している。
心の中にぽっかり穴が開いたように、ごっそりと剥ぎ取られてしまったかのように、人間愛を失っている。
きっと誰しもが持っているであろう、温かく、すべてを許すことができるような気持ち。
誰かのそばにいて、誰かと一緒にいて、ふつふつとわいてくるあたたかな気持ち。
許されないこの気持ち。
手にしようとすればするほど沸き起こる、矛盾。
冷酷で残酷な、存在。


他人の助けなんて、いらない。
自分には薬という強い存在があるから。
これがある限り、人の助けなんて無用。
救いのサインを目にしたら、それに答えてあげるのみ。
もう他人に迷惑はかけられない。


こういう日は、よく嫌な夢を見る。夢の中で、自己嫌悪に陥っている。大勢の過去に知り合ったさまざまな人が出てきて、次々に自分の前に現れる。その人たちと比べて、自分の浅はかで偽善に満ちた心を感じて、自己嫌悪する。そんな夢を、ずっと見てきた。起きて目を覚ますと、さっき見た夢の嫌なイメージがまだ、起きてもまだ残っていて、布団から抜け出して、現実に向かうのが嫌になる。現実が怖くなる。でも、時間が経てばそんな嫌な気持ちも失せていき、自分を平常に保てるようになる。
こういう日は、誰とも会わずにじっとしているのが一番いい。独りきりで過ごすのが、一番いい。少し時間が経てば、全てが解決されて、全てが安定してくる。そうなるまで、じっと待つのが一番いい。


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  1. 2005/06/12(日) 23:01:50|
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空の輪

例えば
あなたが死んだら、もしも自分で自分を殺してしまうようなことがあれば、僕はどうするのでしょう。
あなたを救えなかったことを、後悔するのでしょう。
あなたに対して、何もしなかった自分を悔やむのでしょう。
あなたの苦しみは理解していたはずなのに。
無念ばかりが残るのでしょう。
助けを求めていたのでしょうか。
気づいていたけど、どうしていいか分からず、何もしませんでした。
無力で愚かな自分を、後悔し続けるのでしょう。
あなたを想って、ただ泣くだけでしょう。

空の輪にはまっています。
自分の力を、この世の中に振りかざすことのない、空の輪に包まれています。
空の輪から抜け出せません。
ただ、そこから世界を眺めているだけです。

自分の力の限界を感じます。



それにしても、最近あんまり映画を観ていないな。レンタルしてもほとんど観ずに返してしまうことがほとんどだ。ビデオでは、去年劇場で観れなかった「オールドボーイ」とか「2046」とか「ドリーマーズ」とか「CODE46」とか他にもたくさんある。映画館ではこれからマイク・リーの新作が始まるし。やっぱり、映画を劇場で観ているときが一番心地よい時間なのかもしれない。そう、きっとそうだ。


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  1. 2005/06/12(日) 00:49:18|
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アバウト・シュミット

 近頃劇場で見た「サイドウェイ」のアレクサンダー・ペイン監督作品。
 この監督の作品は「サイドウェイ」を含め2本目で、その「サイドウェイ」は、仕事や夢にも希望が見出せない40歳目前の中年おじさんのロードムービーだった。今回観た「アバウト・シュミット」は、定年を終えた初老の男が、妻に先立たれ新たな人生に希望を見出せない話で、どこか前作と主人公の立場が年齢は違えど似通っている。主人公と年齢や境遇が似通っている人が観れば、どちらともかなり共感できる映画だと思う。自分はそのどちらともかぶる所がないので、正直映画に感情移入はできなかったが、「サイドウェイ」はサークルにいる知り合いの39歳のOBに、「アバウト・シュミット」はもうすぐ定年を迎える自分の父親に是非観てほしいと思った。
 内容としてはどこにでもいそうな初老の男が、これまたどこにでもありそうな退職後の暇のつぶしかたに悩んでいる。そして妻に先立たれた後、妻の昔の浮気が発覚して怒ってその相手を殴りに行ったり、旅中に出会った女性になぐさめられていきなりキスをしかけるなど、初老にはそぐわない(?)と言ったらおかしな言い方になるが、老えども性欲、いや恋愛感情は衰えないものだという、21歳の自分から見て老人のパワーのすごさがうかがえた。ウディ・アレンとか「ハウルの動く城」でもそうだったけど、恋愛に年齢制限はないということなのだろうか。あと一人娘結婚を妨害しようとするところなんかは、親の子供への強すぎる愛情というか、独占欲がうかがえたな。親バカというかなんというか。親は子供が大人になっても、いつまでも子ども扱いするものなのかな。自分の両親も、自分のことをいまだに一人の大人としてみていない気がするし、やたら自分の昔話を持ち出すし。それはともかく、主人公と花婿は一生仲良くできないんだろうな(義母と花嫁もしかり)と、毎朝やっている「ど?なってるの!?」ではないが、そう思った。
 あと最後に、ジャック・ニコルソンの演技が素晴らしかった。よくもまあ、こんな超低予算な映画に、こんな超スターが出演してくれたこと。しかもそのスターが超普通のどこにでもいそうなおじさんを演じていて、それが見事にはまっている。オーラを完全に消していたな。それにしても、ジャックの老けぶりにショックを隠せなかった。「カッコーの巣の上で」で見た彼の若さと狂気じみたアナーキーのオーラはいずこへ。あの頃、ジャック・ニコルソンはかっこよかった…。今の彼は腹は出てるし、頭ははげてるし、しわだらけだし、太ってるし、老眼鏡はかけてるし…。若さって素晴らしいことなのかも(?)


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  1. 2005/06/10(金) 01:50:42|
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オペレッタ狸御殿

 「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎座」の巨匠鈴木清順監督の4年ぶりとなる新作。
 はじめてみた鈴木清順の映画。予告を観て、あとタイトルのオペレッタから察して、単純明快な娯楽映画ではあろうと思っていたが、まったくその通りだった。観たあと頭であれこれ思索することのない、愉快な映画。ただ、こういう映画は観たあとやっぱり損した気分になるな。「踊る大捜査線2」や「ホーンテッドマンション」を観たときと同じように。やはり自分には娯楽映画は向いていないらしい。観てるときとその後に、映画のことで頭がいっぱいになるような挑戦的な映画が、やっぱり好きだ。
 初めて清順監督の映画を鑑賞したが、噂通りその作りは独特。映像としては色彩豊かで華やかだし、大胆なカット割による画面構成も目新しくて斬新だ。あと、役者の演技は過剰でわざとらしいが、何故かその真剣さが笑いを誘う。特に薬師丸ひろこと由紀さおりの真剣対決が笑えた。あんな美人女優2人が、ばかげた芝居をマジにやってるところがおもしろい。由紀さおりのラップも、歌が上手すぎて逆につぼにはまったし。あと、演劇の舞台のような場面もあり(がらさ城のセット)、セットにも監督のこだわりがうかがえた。
 とにかく82歳の巨匠が好き放題やっている。自分のやりたいことを思う存分やっているなーって思った。巨匠のやることには誰も口出しはできないんだろうな。チャン・ツィーや美空ひばりのCG出演しかり。
 ちなみに観たあと、近くに座っていたおばさん2人組が、「もー最悪、もー最悪…」と小声で連呼していたが、「あーその気持ち分かる!」と自分は思いながら、一応パンフを買ってサークルの仲間と共に劇場を跡にした。


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  1. 2005/06/10(金) 01:25:22|
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世界を知ったきになっている愚かな固体

世界を知ったきになっている愚かな固体がここにいる。

映画を観て、本を読んで、テレビを見て、ニュースを見て、新聞を読んで、頭で考えて、ネットを見て、世界を知ったきになるなんて、いやだ。

頭だけが動いている。
言葉だけが宙を浮く。

体全体で、世界を痛感したい。


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  1. 2005/06/07(火) 23:57:40|
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6月の雨

なんだか今日は虚無だった。何かこう、目的意識がなく、やる気がなく、ナアナアになっている。ここ一週間そうだな。4月、5月って、新しい出会いがあって、その人たちと知り合って、そして安定した関係になって…。まだまだ相手の知らない部分はたくさんあるんだけど、関係が安定してくるとナアナアになってくるなあ。おまけに、この雨。追い討ち、かけないでよ…。

今日はサークルのイベントの関係で、千葉工業大学に行って来た。大学のサークル会館らしきところは、どうやら明日文化祭があるらしく、えらく盛り上がっていた。話し合いが終わった後、まだ時間が早かったので、サークル会館の中を見て回ってきた。ホールでは工業大学らしく電動ミニチュアカーが路線の上を走っていたり、明日展示するのだろうか、作りかけの白い彫刻の模型などが飾ってあった。自分と同じ年くらいであろう大学生が、せわしなく階段を行ったりきたりしていた。

これだ。

この、微かに自分にせまりくるプレッシャー。
周りは、しかも同年代の人たちは自分の知らないところで少しずつ動き回っている。自分の知らないところで。自分は、何かしなくて良いのか…。

この、プレッシャーがたまらなく好きだ。ちょっとだけ、胸の辺りがずしんと重くなる感じ。周りを見て、自分が相対化される。そして、なんとなく自分が生きていることを実感できる瞬間。あらためて安定しきっている自分に気がつく瞬間。

この、プレッシャーからくる刺激がたまらない。

大学をあとにして、今度は近くにある河合塾に行って来た。自分は高校卒業後、仙台にある河合塾で1年間浪人生活をしていたのだが、建物の中には当時を髣髴とさせる浪人生や高校生がもくもくと自習をしていたり、憩いの場所で友達同士が勉強をよそにおしゃべりをしていた。真剣そのもので、授業を受ける浪人生…。

これだ。

この、迫りくるプレッシャーと刺激。やはり、これがなくてはならない。

と、降りしきる6月の雨の中、津田沼をあとにしたのだった。さて、明日は何をしよう?


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  1. 2005/06/05(日) 01:25:20|
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ワンダフルライフ

 「誰も知らない」、「ディスタンス」の自分が大好きな是枝裕和監督の長編第2作目。尚、この感想は去年の6月の自筆の日記からの抜粋なので、あしからず。
 これまたいい映画にめぐり合ってしまった。こう、立て続けにいい作品並ぶと、かえって後が怖くなる。
 と、ワンダフルライフ。まさに、”人間の生の素晴らしさ”を、真摯に描いた美しい作品。前半のあまりにもリアルな役者の自然体からなるインタビュー。そして、そこで繰り広げられる使者たちの生のエピソード。それらを聞いているうちに、実際に自分も彼らの生を経験したかのような錯覚に陥ってしまう。それほどリアル。おそれく、役名と本人名一緒だと思う。伊勢谷しかり。そして、そのあまりにもリアルすぎる死者たちの生が余計に、最後の別れを痛いほど悲しみに満ちたものとして感じさせる。人間の死。存在が消えることが、これほどまでに悲哀に満ちたものだということを痛感させてくれる。その別れの日。建物の外には雪。静かに降り注ぐ雪。そして、体育館の中からかすかにこぼれる管楽の音。トランペットやカスタネットの音。泣きそうになった。凄まじいほどの郷愁。自分が昔経験した風景。別れの日は決まって寒く、雪が降っていたような気がする。
 そして、キーワードとなる小田エリカの存在。「これ以上人から存在を忘れられるのは怖い」。好きな相手にさえ、存在を忘れられてしまう。しかし、自分はその好きな人の存在を胸に抱き続け、これからも生きていく。自分もいつか他人の心に残る存在になることを願いながら、生きていく。泣きそうになった。自分の存在を確認できるのは、他者との関係においてだけなのかな。生きた証など存在しないのではないか。他人の記憶の中でいき続けること。それが存在の証。生きた証。
 最後に異端児伊勢谷の存在感の強さ。みなが過去の経験の中から死後に抱くことのできる記憶を探す中で、彼は未来や希望、夢を見据える。過去に縛られずに、未来を見据えよう。若者のあるべき姿なのかな。ラスト、その伊勢谷がこれから一波乱起こすのかという想像を喚起させて映画は終わる。小田エリカの成長。始まり、そして終わり、また始まる。人生は続いていく。
 
 なお、この「ワンダフルライフ」は去年自分が観た、劇場とレンタルをあわせた、映画の中で「モンスター」、「エレファント」に続き2004年度ベスト3に入る作品です。これを、映画館のスクリーンで是非観てみたかった。ちなみに、この映画をきっかけに映画の見方が変化したような気がする。映画が意図しているメッセージを自分なりに解釈して、考えられるようになったような。さらには、その思考のあとを文字にして言語化するという、映画を観たあとの作業もこの映画を観てからできたような。今でこそ、当たり前のことになっているけど。”遠足は家に着くまでが遠足ですよ”と言うように、映画を観るという行為も映画を観たあと、あれこれ思索して感想を書き終えるまでが、映画を観るという行為の流れのうちの一つなのかもしれない。


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  1. 2005/06/02(木) 23:58:31|
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人非人

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