逃源郷

世界は闇なのか

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眠れない夜は

夜。

布団の中に入って、しばらくしても、眠れなくなることほどつらいものはない。
だいたい寝る前というのは、ヘッドフォンをつけて音楽を聴きながら眠っているのだけれど、
その音楽に心が陶酔しながらそうしてうとうとと眠りにつくことができればそれに越したことはないのだけれど、
眠れない夜は、ああ眠れない眠れないといらいらばかりが積もって、音楽にも集中できず。
そうして電気をつけて、一旦布団から起き上がって、さて今度は気分転換に漫画でも読んでみようとするのだけれど、それにも集中できず。

頭が眠たくなるのをひたすら待つわけにもいかず、結局また電気を消して布団の中へ。

でも。

こういう時は、眼の前のものに集中できずにいる時は、
昔、遠い昔に触れた、風景や匂いに想いを馳せてみるのが良い。

高校の時に触れた冬。
そうしてその時にかかっていた音楽と匂い。
浪人していた時に通っていたコンビニ。
そうしてそこで立ち読みしていた本や漫画の数々。
イメージがイメージをよんで、もう二度と味わうことの出来ない風景とその感触が、
次から次へと頭の中へ流れてはそうして消えていく真夜中の午前4時。

今、眼の前にあるものに飽食感を覚えてしまったら、
頭の中のイメージをひねり出す様に抽出するのが、良い。
それでも限界を感じてしまったら、今までに見たこともない風景や映画や音楽や事象に眼を向けてみるのが、良い。
そうして、イメージは、世界は、広がる、広がる。



「閉ざされた真っ暗な空間は、そうして真っ白な光に包まれた。」




nemurenai.jpg


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  1. 2006/04/28(金) 04:34:53|
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生き切る

『私が何者であるか、ということではなく、
私がいかに在るべきか、が重要な問題なのである。』



体の中に、無数の隙間や穴ができているようで、
それを埋めんと、食べ物を異様に欲して詰め込んでいる。
どうにも空っぽなこの感覚は、いくら食べ物を詰めても詰めても満たされることはなく、満腹になることは決してない。
真夜中に、甘いものや、家にあるものを食べては体の中に入れている。
そうしてそれは、消化されて、体の中から外へ異物として排出されるだけなのに。



『自己は、自ずとそこに存在しているものではなく、
自ら形創っていくものである。』



哲学や思想は。
ただ、寂しいという言葉を、回りくどい抽象的な難解な言い回しで表現しているにすぎないものなのだろうか。
哲学や思想は。
ただ、生きる価値が見出せないということを、回りくどい抽象的な言い回しで言い表しているだけにすぎないものなのだろうか。
哲学や思想は。
ただ、解らないことへのいらだちを、回りくどい抽象的な言い回しで代弁しているだけにすぎないものなのだろうか。



『人間が死ぬとき、
それは心臓が止まるときではなくて、
その欲望が失われるときだ。』



要は、生き方の問題だ。
この、息を吸い、血が流れ、どろどろとした肉と骨で固められた有機的な固体。
要は、この固体の使い途だ。
薬に治療効果があるように、ビタミンに体の栄養を与える働きがあるように。



そういえば、さっきまで車内で読んでいた太宰治の「ダス・ゲマイネ」という作品の中に、
"生き、切る"
という良いコトバを見つけました。
愛に生き、愛に生き切る。
そんなコトバに共感できる人も、いるのではないかと思います。

(2005/8/13 ブログ上日記より抜粋)



ikikiru.jpg

3月に訪れた、三浦半島での巨大風車

  1. 2006/04/26(水) 23:03:17|
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MOGWAI『Mr.Beast』

音の洪水。


自転車で走っているとき、
眠っているとき、
だいたいこの音楽が流れている。


世界の終わりが見えたと思えば、
今度は世界の始まりが見えてくる。



爆・爆発!!


20060426002857.jpg


  1. 2006/04/26(水) 00:26:25|
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『ラスト・デイズ』?周縁でいることの不確かさ

グランジを代表するロックバンド、ニルヴァーナのカート・コバーン。彼が自殺に至るまでの最後の2日間に思いを馳せて作られた、詩的で美しい映像作品。監督は『ジェリー』、『エレファント』のガス・ヴァン・サント。

前作の『ジェリー』、『エレファント』同様、映画は状況的な説明を一切省いている。人物の行動を淡々と追ったドキュメントタッチの映画だ。しかも今回は『エレファント』とは違い、カート・コバーン一人の行動にのみ焦点が当てられているので、正直映画は退屈冗長な部分が多かった。

まず、主人公を取り巻く連中の、主人公との関係性が今いち掴みづらい。主人公が住む家には、数人の若者が出入りしているのだが、それも何故そうしているのかが分からない。主人公が常に孤独と絶望感に駆られているのは容易に判断できる。しかし、周りとの関係性が掴みきれなかった分、主人公が何故自殺をしたのか、それが最後まで分からなく、うまく伝わらなかったのが残念だった。

ただ、一つ凄いのが、主人公の絶望感のその表現の仕方。主人公は薄汚れたシャツを着て、ぶつぶつ独り言を言いながらいかにも病的な歩き方をしている。カメラは、薄暗い森の中を歩くそんな主人公の後姿をただひたすら追う。もうそれだけで、主人公がいかに荒んでいて、絶望に身を寄せているのかが伝わってくるのだ。それと、誰もいなくなった部屋で、一人「Deth to Birth」と熱唱する姿には、鬼気迫るものがあった。


<周縁でいることの不確かさ>
以下、カート・コバーンの伝記「UNDERBRIDGE」内の、「カートの自殺について」より抜粋。

カート・コバーンは……彼は権威というもの、保守的な大人、企業、産業的なものに対して喧嘩を売りその信条は売れてからも変わることのなかった。しかし………売れるに従いメインストリームへと押し上げられてしまった、若者の代弁者となってしまった…………自分の歌がヒットするにつれ……社会の大きなうねり、流れに飲み込まれつつあるという現状、自分たちがロック産業の一味いや中心的存在になってしまっているという現状と今までの自分がもっていたポリシーとの矛盾が生じ始めてきた。敵視してきたものの中に自分が入ってしまってるということ、ロック産業、企業に染まるまいと頑なに自分を貫き、妥協を拒んで生きてきたために、信念と、ロック産業で食べていかなくてはいけないという現実に折り合いをつけることができず心の中でうまく処理できなくなり、自己不信、アイデンティティの崩壊、そしてあらゆるものに情熱を感じなくなってしまった のではなかろうか。


カート・コバーンは、中心でいること、すなわち大多数の中に自分が混じってしまったという自己矛盾から、自殺の道を択んでしまったようだ。
周縁でいること。周縁でいることは、自己のアイデンティティの拠り所につながることかもしれない。自分が他とは違う性質を持っていることで、自己の安定をはかることが出来る。ただ、人とは違うことで、コミュニケーションの断絶も生じてしまう。そこで感じる違和感と疎外感は、苦しみ以外のなにものでもない。
このアンビバレンスといかに付き合っていくか。周縁でいることの不確かさは、まさにここにあると思う。周縁にいることで自己の安定ははかれるが、他者と折り合えないことで感じる疎外感、中心に行こうとすれば行くほど沸き起こる自己矛盾と違和感は、切っても切り離せない。

共通感覚を身に付けて、少しでも周りと同じ土俵に立たなくてはならない。中心と周縁のすべてを平等に貫いているはずの、線のようなもの。誰しもが持っているはずの共通感覚、人倫、規律。これに少しでも追いついていかなくてはならないし、これを身に付けなくてはならない。
自分だけが違うという意識は、いずれ自分の首も苦しめてしまう。自分の異質性を認めた上で、他人との同質性も認めなければならない。


20060407055715.jpg


  1. 2006/04/07(金) 05:54:40|
  2. 映画(劇場にて)|
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現実を変えられないのなら、それを耐えるしかない、というのはいささか希望のない言葉だ

寛容と受容という言葉は、似ているようでいてどうやら違った意味にあるらしい。そして寛容という一見すると聞えのいい言葉が、実は差別の意図を内包しているかもしれないのである。

「寛容」…心が寛大で、よく人を受け入れること。過失をとがめだてせず、人を許すこと。
「受容」…受け入れて、取り込むこと。

寛容とは言葉通り、自分とは違う他人という存在をありのままに認めること。しかしそれは裏を返せば、あなたはあなた、私は私、お互い違う存在なのだから、一定の距離を保って友好的な関係でいましょう、という超個人主義に立った考え方ではないか。つまり、自己保身に走った考え方だ。違いを受け入れることで、自分が傷つくことをただ恐れているだけなのだ。では、受容とは?自分とは違う相手の存在や、考え、行動をまるごと理解することなのだろうか。
今日観た『ラストデイズ』という映画の監督、ガス・ヴァン・サントが次のようなことを言っている。

「問題を抱えている人がいるが、誰も彼らを助けることは出来ない。そして、彼らがどこにいて、最後の瞬間に何をしていたのか、誰も知らない。」

そう、他人とは結局そういうものなのだ。人間は自分が思っている以上に他人に目を向けていないし、関心を寄せているわけではないのだ。ただ、自分を世界の中心に据えてならない。相互理解(50/50)に慎重にならなくてはいけない。


「現実を変えられないのなら、それを耐えるしかない」

映画『ブロークバックマウンテン』の原作者が、小説版の末尾に寄せた言葉だ。規範と規律とは、そんなに強固なものなのだろうか。これは、いささか希望のない言葉だ。生はより善い方向へ進んでいくものだという信念と実践が、規範に革命をもたらし、現実を変えていくものだと思うし、そうであると信じたい。


kihan.jpg


  1. 2006/04/02(日) 02:08:55|
  2. 戯言(たわごと)|
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『ブロークバックマウンテン』

今年度アカデミー賞で大方の予想を裏切り、オスカー作品賞を逃してしまった作品。監督は、『いつか晴れた日に』のアン・リー。
同性間の恋愛劇という、アメリカ映画には珍しい題材を扱っているこの作品。2人の男性の関係を、その周囲の人間模様も絡めておよそ20年に渡って描いている。

羊の放牧管理の仕事を通して生活を共にすることとなったイニスとジャック。厳しいキャンプ生活の中で助け合っていくうちに、芽生える2人の友情。それはやがて固い絆へと変わっていくのだが、この辺り2人の関係性が緊密になる動機付けが今イチ弱い気がした。イニスが異性愛者(いや、見方によっては両性愛者、もしくは潜在的同性愛者)で、ジャックが真性の同性愛者であることは容易に判別できるのだが、なぜ異性愛者であるはずのイニスが、ジャックに心を許したのかが到底理解できない。だから、2人がテントの中でいきなりSEXを始めたのには、あまりに唐突過ぎて違和感というか疑問符が沸いてしまった。まして同性愛という言葉自体が世に浸透していないだろう保守的な時代に、何故イニスはアナルセックスの仕方を知っていたのだろう。こうした違和感から、2人の関係性に感情移入出来ないまま、物語が進んでいったのがとても残念だった。

中盤は、お互いの家族関係が交互に描かれる。この辺り、2人の関係性に同情が向くように作られているようでならなかった。2人は家庭の中で抑圧されているのだ(特にジャックが)。しかし見方を変えて妻側の視点に立ってみると、男性2人ばかりを擁護するわけにもいかなくなる。妻は、夫に存在をないがしろにされているからだ。妻からしてみれば、イニスとジャックの関係はただ家族をないがしろにして、自己の安息に身を委ねた現実逃避にしか写らないだろう。イニスの妻が、夫の帰りを子供たちと待つシーンは、心苦しいものがあった。

生きることは、戦うことであるといわれる。2人にとって、家庭は必ずしも安息できる場所ではなかったのかもしれない。男性は家庭を持って、家族を養わなければならないという、強い倫理規範に縛られていた保守的な時代。それに相反する2人は、ブロークバックマウンテンという理想郷で一時の至福を保つしかなかったのだろうか。

また、家族を養わなければならない社会的使命感と、個の自己実現との間で揺れ動くイニスの姿も見逃せない。ジャックはどちらかというと、家族の関係性が希薄なせいか、自らが同性愛者であることにオープンである。つまり、個の自己実現に重きを置いている。どちらを大事にすべきか揺れ動いた末、結局家族とジャックの両方ともを失ってしまうイニスの不器用な生き方は、観ていて心苦しいものがあった。

つまるところ、この映画は単純なありふれたラブストーリーなのだと思う。2人の間に立ちふさがる障壁が、これまであったような人種や階級とは違い、それが同性同士であるということだけで、ようは単純なラブストーリーなのだと思う。

またこの映画は、『ミリオンダラーベイビー』や『海を飛ぶ夢』が尊厳死の是非を問うたように、同性愛は倫理規範として認められるかを投げかけた作品であるとも思える(監督にそういった意図はあまりないようだが)。イギリスでは、同性婚を認める法律ができた。映画は倫理に革命をもたらす力があると、自分は信じている。この映画によって、同性愛者(いやすべてのセクシャルマイノリティーズ・LGBTI)達への差別や偏見がなくなることを、切に願うばかりである。


20060401060929.jpg


  1. 2006/04/01(土) 06:06:04|
  2. 映画(劇場にて)|
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人非人

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