逃源郷

世界は闇なのか

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『ある子供』

20060111013003.jpg


恵比寿にて。
05年度カンヌパルムドール受賞作品。

子供を躊躇なく売ったりするという、主人公の幼じみた行為に、何の怒りも苛立ちも覚えなかった自分自身に腹が立った。

別にいいんじゃない。

どっかでそんな心境がはたらいている。

パンフに、父性や倫理というのは経験の中からでしか学べない、なんて書いていたけど本当にそうだと思う。
倫理や人間らしさというものは、最初から備わっているものではなくて、自分自身で獲得していかなくてはならないものなのかもしれない。

最後、恋人や弟分の少年、いわゆる自分以外の世界=他者を通じて人間らしさをわずかではあるけれど得ることができた主人公に、拍手を送りたくなった。
涙って、やっぱり人間らしさの一つの象徴なのかもしれない。

我、人非人なり。
我、非大人なり。

慈しみ、思いやり、尊厳、友愛、信頼、尊重、愛されること、人を愛すること、これらのことは単なる”綺麗ごと”ではなくて”当たり前のこと”なんだ。

今よりもっと、もっともっともっと大人になってから、出会えていたらよかったですね。
そうすればもっと色んなことが上手くいっていたのかもしれませんね。
そういう想いって、あると思う。


この映画に、色んな意味で共感を覚えた自分もまた、”ある子供”の内の一人なのかもしれないって思った。

星満点!

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  1. 2006/01/11(水) 01:28:51|
  2. 映画(劇場にて)|
  3. トラックバック:1|
  4. コメント:6
<<『DEAR WENDY』 | ホーム | 雪の街からこんにちわ>>

コメント

この映画、まだ見れていない(ToT)
でも、父性とか倫理感とかが経験の中からしか学べないっていうのはちょっと疑問です。
いや、人非人さんの意見を否定するとかそういうことではなくて。ごめんなさい・・・。
ただ、私は女なので父性を理解できないだろうといわれればそれまでなのですがやっぱり本能部分てあると思うんです。
例えば、生まれたての赤ちゃんは基本的に父親似で成長するにつれて母親にも似てきたりするそうです。
それは、母親は自分が子供を生むことで母親であるという確信と母性を獲得できますが、父親はその確信がないので子供が自分に似ていることによって父性を獲得して愛情をめばえさせる為だという学説があります。
実際、男性は本能的に自分に顔の似た人間を可愛い、愛おしいと感じるそうです。
だから、少なくとも父性はもともと備わってるものってあるんじゃないかなって思います。
母性にかんしては子供を生まなくとも母性本能が発揮されるという確信はありますが。
なんていうか、全ては人間の仮説にすぎないし、断定はしないですけど・・・。
本能と経験半々ぐらいなんじゃないかと・・。
そして、一番いいたいのは父性や倫理感は経験によって身に付けていくものではあるかもしれないけど、それと同時に経験や、その人の境遇によって失われていくものでもあると思うってことです。
これは勝手な私の考えですけど・・・。
その人の育てられ方や生活環境によって凄く左右されるなって最近感じるんです。
もともとこういう本能を持っていたのに薄れてるな・・・とか。
本当に私の勝手な意見で、読んでいるのが苦痛にさせてしまっていたらごめんなさい。
映画の感想じゃないし。。。長いし。
今、大学でも男女の性差とか本能についての論文を読んでいるのでつい書いてしまいました。
ほんとn長々とすみませんでした。見苦しかったら消してください。
とにかく、私も早くみたいです。テスト期間が終わるまで上映しているかが不安ですが・・・。
  1. 2006/01/14(土) 21:20:19 |
  2. URL |
  3. ベア #-
  4. [ 編集]

>ベアさん
なるほど、父親が小さいときよくたかいたかいしてくれたのも、きっとそういうことなのかもしれませんね。
母親にはコピーロボットのようだとよく言われます。
父性や倫理は境遇によって失われていく‥‥うーん確かにそういう事実もあるのかもしれません。
ただ自分は、今の自分がこうなったことをあまり親とか周りの環境のせいというか、原因付けにはしたくないですね。
全ては自分に責任があると思っています。
確かに父親は感情表現が豊かな方ではないですし、母親もヒステリックな部分がありましたけど、姉はきちんと立派な人間に育っていますし。
あと、人間らしさって常に意識していないと、保つことができないな、と感じることもあります。
ただ、それが無性に面倒くさくなってしまって、どうでもよくなってしまうことも多々あります。
貴重な意見、ありがとうございました。
ちなみに、この映画、千葉の映画館でもやってますよ。
ぜひぜひみてみて下さい。
  1. 2006/01/16(月) 01:40:39 |
  2. URL |
  3. 人非人 #-
  4. [ 編集]

TBありがとうございました。
こちらからもさせていただきたかったのですが、なぜかできなくて、ごめんなさい。
私も、つまづいて、つまづいて大人になっていくのだと思います。
そして、自分は自分になっていくしかないと考えています。
誰かのせいとか、環境とかはたんに補助的な条件にしか過ぎません。
選び取っていくのはあくまでも自分。
自我というのは、そんなにやわなものではありませんよ。
他者によって左右されるほど。
大人は、子どもの対極にある概念ではあっても、境界が存在するというよりは、重なる領域が併存しているのではないかと。
己の、内なる幼児性をどこまで認識しているのか。
これが問われているのだと思います。
  1. 2006/01/30(月) 08:52:42 |
  2. URL |
  3. Suzuka #0I34eDnE
  4. [ 編集]

>Suzukaさん
自分は選び取った選択肢について、あまり後悔はしないように心がけています。
なんと言うか今現在目の前で繰り広げられている現実に対して、自分がいかにしてがんばれるかというような気がします。
どこへ逃げても自分という人間からは逃れることはできない、まさに自分は自分になっていくしかないのだと、そう思います。
最近、大人が果たすべき責任とは一体なんなのだろうと考えることがあります。
持てる経験や知識を生かして、目下の人間に良きアドバイスをすることなのか、はたまた単に飯をおごってあげるだけの事なのか。
内なる幼児性、常に自分で自分の行動を監視しなければいけない、そのような気がします。
貴重なご意見、ありがとうございました!
  1. 2006/01/30(月) 20:37:38 |
  2. URL |
  3. 人非人 #-
  4. [ 編集]

こんばんは、昨日見てきました。
大人になるって難しいことですね。私は今年で32になりますが、まだまだ子供のような気がします。もしかしたら「大人になったな」と気付くのは自分自身よりもむしろ周りの人々かも知れないですね。
また、子供であるということは「これからまだ成長する可能性を持っている」という風に考えられないでしょうか。映画のラストで涙を流すブリュノの姿を見て、制作者は何かポジティブな方向から光を当てているように感じました。
  1. 2006/02/09(木) 22:47:39 |
  2. URL |
  3. 朱雀門 #Q7lkgqJM
  4. [ 編集]

>朱雀門さん
ずっと前は、大人になんかなりたくなく、ずっと子供のままでいたいなんて思っていましたが、今は早く正しい大人になりたいという思いがあります。
ラスト、確かに前向きな終わり方だったと思います。涙は人間らしさのひとつの象徴だなあ、と思いました。
TB、ありがとうございました!
  1. 2006/02/11(土) 01:08:38 |
  2. URL |
  3. 人非人 #-
  4. [ 編集]

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