逃源郷

世界は闇なのか

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戦争のはじめかた

*この感想は、今年の1月の自筆の日記からの抜粋なのであしからず。
 2001年の9・11テロが原因で、全米公開が5度も延期されることになったいわくつきの映画。
 新年初の映画。新年初にふさわしく、よくできていた映画だった。今の自分の知的レベルとそれ相応のレベルの反戦映画でもあるように思えた。内容的にはやはり自衛隊と戦争、そして人間悪とは何かと考えさせられる映画だった。自分が自衛隊に対して持つイメージは、まじめで厳粛でものすごくかたいものだ。そこには必ず”悪”という黒きものの気配は感じない。しかしのっけからこの映画の主人公は、裏で商売をして金を稼ぎ、さらには麻薬までやり、自衛隊の中では一人の兵隊の死すら簡単にもみ消されてしまう。もうここで十分自衛隊員批判をしていて、こんなものかと思っていたら、そこに更なる悪バリー大尉、そしてリー曹長が出てきて最後には人間同士の殺し合いが始まってしまうのだ。
 上手いと思った点は、3者がいて、そのうち誰が一番の悪かを描いていないところ。その3者には3者それぞれの人間的弱さがあり、その悪の部分は周囲の環境が左右しているんじゃあないか、という作者の考えがうかがえた。主人公のあとに、それをさらに上回る悪が出てきて、さらにもっと上の悪が…と、その前の段階の悪をちっぽけなものと見せる腕もすごいなと思った。観終わったあとには、最初の悪、麻薬を吸う行為なんか別にかまわないじゃないかと思わせてしまう作り。
 小さい悪をさらに大きな悪で消滅させるという行為。これはイラク戦争(テロ集団に対してアメリカがイラクへの報復として攻撃した例)や、仲正昌樹氏の本に書いていた戦争論と通じるものがある。こうして考えていくと、ブッシュ大統領の戦争行為がますます許せなくなってくるが、それはともかく、人間の悪とは所詮程度の差なんてなくて、必然性を帯びているのではないかと思う。普遍的正義を考えると、やはり戦争の場における人殺しは明らかに悪なわけで。それが、戦場では何故許されるのかを深く追求すべきかもしれない。
 戦争という行為の元では、人殺しも含め、何故ずさんな行為の何もかもが許されてしまうのか。リー曹長の主人公に対する”お前以上に悪いことを戦場でやってきた”というセリフが、それを深く示している。今日の靖国参拝にしても、みな平和ボケしすぎている。おそらく昔は入り口前に、もっと多くの右派系の警備員がいたと思う。どこもかしこも日本国旗で。家族、子供、若いカップル。そういう靖国問題、戦争に関する意識がうすい人たち、特に幼い子供に芽生えさせるのが映画の役目だと思うんだけど。特にアニメ、宮崎監督アニメなんかよく考えてみるとメッセージたくさん盛り込んでいる。「千と千尋?」なんかは、親がいなくなった子供の自立する話だ。要は人間働けってことなんだろうけど。でもそれには、周りの同僚やよき上司の援助(映画では釜爺か)がある反面、悪徳社長(湯婆婆か)がいたりで大変だけど、なんとかやっていけっという。「もののけ姫」も自然を支配した人間が、結局最後自然に滅ぼされそうになる。だからアニメも、「ほたるの墓」なんてのがあるけど、老人への応援もいいけど、反戦色の濃い映画、監督自身の経験を深く反映させた映画を、宮崎監督だけでなく、今一線で活躍している作り手にも作って欲しい。それが、クリエーターの役目でもあると思う。せっかく才能に恵まれたんだから。機会もあるわけだし。この「戦争のはじめかた」も、ある種その力を持っているのだと思う。


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  1. 2005/05/20(金) 03:20:26|
  2. 映画(劇場にて)|
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