逃源郷

世界は闇なのか

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

ある特定の誰かではなく、弱く儚いすべてのものへ発するこの電波

ある特定のだれかではなく、弱く儚いすべてのものへ発する電波。

昨日(6/19)、自分が毎日通っている大学のサークル会館で放火事件があった。燃えたのは、サークル会館1階階段横の物置き場。火災報知機がなったのが、午前8辞37分。その後、それに気づいた、合宿中だったあるサークルの部員と自分のサークルの部員数人でバケツリレーや消火器を使って、火は消し止められたらしい。その後、消防隊がかけつけ現場検証。10時前に自分はサークルのOBに呼び出され、現場に着いた頃には一階の床は水浸しだった。
TVで流されたニュースによれば、タバコの不始末か放火の疑いがあるらしい。
おそらく、学生による放火だと思う。ちょうど、その前日、夜の11頃サークル会館に行ったら、一階掲示板、つまり燃えた場所のちょうど目の前にあった掲示板に張ってあったビラがこげてはがれているのを目にした。おそらく、同一犯の仕業だと思う。何かもやもやしたものがあって、抑え切れなくなった怒りのはきだめとして火を付けたのか、はたまた単なる遊び心でやってしまったことなのか…。いずれにしても、火をつけたのには何かしらの理由があるのは確かなことだと思う。でも、一歩間違えれば大惨事になることを、火をつける前に想像して欲しかった。そして、そのことでかなり多くの人に迷惑をかけることになることも考えて欲しかった。
ただ、どうしても自分では止められなくなる思いや行動って誰にでもあると思う。別に犯人を擁護するわけではないけれども、火をつけた人の周りの人間にその行動を止めてあげることはできなかったのだろうか。そもそも、事件の加害者とはどういうことなのだろう。人殺しであれば、相手を刺して殺した張本人、放火であれば火をつけた張本人…。その張本人だけが刑によって罰せられる。では、周りにいた人間にはなんの責任も罪もないのだろうか。人間は、周りの環境や周囲の人間に影響され、そして曲がった道を進む人もいれば、正しい方向に進む人もいると思う。犯罪を犯すまでに、当人を追いやった環境がもしあるとすれば、その環境に属していた人たちには何の罪も責任もないのだろうか。自己責任、自責の念…。

そして、現場が落ち着いたあと、サークルの部員と一緒に床の水を外に掃きだす作業をした。しばらくして、学長と学生課の公務員であろういわゆる”官僚”の方々が、燃えた現場の視察にいらっしゃった。”官僚”の方々は、休日らしくラフな格好をして、そのあとゴルフにでも行くかのようなふぜいで、現場をじろじろと見ていらっしゃった。掃除をしている人たちを尻目に、いぶかしげにサークル会館を、そして初めて訪れたかのように一階を見て周り、去っていった。

事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きているんだ!!

正義とは、いったい何かね?


houka.jpg

スポンサーサイト
  1. 2005/06/21(火) 01:09:40|
  2. 戯言|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
<<弱者を救う思想 | ホーム | ピアニスト>>

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://tougen.blog8.fc2.com/tb.php/60-f77188da

人非人

08 | 2017/09 | 10
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

天気予報

お気に入りバナー

Search

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。