逃源郷

世界は闇なのか

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そうです。

そうです。
自分は、幸せ者です。
帰るべき家があります。

そうです。
自分は、幸せ者です。
お金に困ることはありません。

そうです。
自分は幸せ者です。
恵まれた家族に育てられました。

そうです。
自分は、幸せ者です。
ありきたりだけど、平和な環境で過ごしてきました。

そうです。
自分は、幸せ者です。
自由に動かせる体があります。

そうです。
自分は、幸せ者です。
依るべき場所が存在します。

そうです。
自分は、幸せ者です。
頼るべき友人がいます。

そうです。
自分は、幸せ者です。
愛すべき猫がいます。

そうです。
自分は、幸せ者です。
学べる場所と道具に困ることはありません。

そうです。
自分は、幸せ者です。
将来、手にすることのできる選択肢が多様に存在します。

そうです。
自分は、幸せ者です。
死の危険性も、飢えの苦しみも、存在しません。

そうです。
自分は、幸せ者です。
寂しさも、孤独も、感じることはありません。

そうです。
自分は、幸せ者です。
のしかかる胸の苦しみなど、感じることはありません。

好きなことをしようと思えば、例えば映画を観ようと思えば簡単に観ることができます。
食べたいときに、食べることができます。
眠りたいときに、眠ることができます。
もう、何でも手にすることができます。

ものにあふれ、贅沢の限りをつくし、欲を満たし、苦しみを感じることのない、この自由な存在。

そうです。
自分は、幸せ者です。
ただの、生きる固体です。


soudesu.jpg

  1. 2005/06/23(木) 00:38:38|
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ある特定の誰かではなく、弱く儚いすべてのものへ発するこの電波

ある特定のだれかではなく、弱く儚いすべてのものへ発する電波。

昨日(6/19)、自分が毎日通っている大学のサークル会館で放火事件があった。燃えたのは、サークル会館1階階段横の物置き場。火災報知機がなったのが、午前8辞37分。その後、それに気づいた、合宿中だったあるサークルの部員と自分のサークルの部員数人でバケツリレーや消火器を使って、火は消し止められたらしい。その後、消防隊がかけつけ現場検証。10時前に自分はサークルのOBに呼び出され、現場に着いた頃には一階の床は水浸しだった。
TVで流されたニュースによれば、タバコの不始末か放火の疑いがあるらしい。
おそらく、学生による放火だと思う。ちょうど、その前日、夜の11頃サークル会館に行ったら、一階掲示板、つまり燃えた場所のちょうど目の前にあった掲示板に張ってあったビラがこげてはがれているのを目にした。おそらく、同一犯の仕業だと思う。何かもやもやしたものがあって、抑え切れなくなった怒りのはきだめとして火を付けたのか、はたまた単なる遊び心でやってしまったことなのか…。いずれにしても、火をつけたのには何かしらの理由があるのは確かなことだと思う。でも、一歩間違えれば大惨事になることを、火をつける前に想像して欲しかった。そして、そのことでかなり多くの人に迷惑をかけることになることも考えて欲しかった。
ただ、どうしても自分では止められなくなる思いや行動って誰にでもあると思う。別に犯人を擁護するわけではないけれども、火をつけた人の周りの人間にその行動を止めてあげることはできなかったのだろうか。そもそも、事件の加害者とはどういうことなのだろう。人殺しであれば、相手を刺して殺した張本人、放火であれば火をつけた張本人…。その張本人だけが刑によって罰せられる。では、周りにいた人間にはなんの責任も罪もないのだろうか。人間は、周りの環境や周囲の人間に影響され、そして曲がった道を進む人もいれば、正しい方向に進む人もいると思う。犯罪を犯すまでに、当人を追いやった環境がもしあるとすれば、その環境に属していた人たちには何の罪も責任もないのだろうか。自己責任、自責の念…。

そして、現場が落ち着いたあと、サークルの部員と一緒に床の水を外に掃きだす作業をした。しばらくして、学長と学生課の公務員であろういわゆる”官僚”の方々が、燃えた現場の視察にいらっしゃった。”官僚”の方々は、休日らしくラフな格好をして、そのあとゴルフにでも行くかのようなふぜいで、現場をじろじろと見ていらっしゃった。掃除をしている人たちを尻目に、いぶかしげにサークル会館を、そして初めて訪れたかのように一階を見て周り、去っていった。

事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きているんだ!!

正義とは、いったい何かね?


houka.jpg

  1. 2005/06/21(火) 01:09:40|
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いかり

いかりが、わきおこる。

そのいかりは、自分にたいしてむけられるものでもあり、自分いがいの世界=他者にたいしてむけられるものでもあり。

自分のくるしみをりかいしてもらえないいかり、相手のくるしみをくみとろうとしないものへのいかり。


優しさと怒りは、つねに相反しあうけれども、つねに共存しあっている。
相手に向けた優しさに対する後悔、それが怒りとなり、体中をかけめぐり、あふれた怒りが言葉となって、体の中から外へ吐き出される。
自分に向けられた優しさに対しての敬意の念を、心と体を使って表さないことで溢れる後悔、それが自分に対する怒りとなり、体中をかけめぐり、あふれた怒りは反省として、相手への優しさとなって、体の中から外へ吐き出される。
優しさと怒りは、つねに相反しあうけれども、つねに体の中で循環しあっている。


いかりが、わきおこる。

そのいかりは、自分にたいしてむけられるものでもあり、自分いがいの世界=他者にたいしてむけられるものでもあり。

異質なものをうけいれようとしない自分へのいかり、異質なものをこばもうとする自分いがいの世界=他者へのいかり。


受容と怒りも、つねに相反しあうけれども、つねに体の中で循環しあっている。


ikari.jpg

  1. 2005/06/18(土) 01:14:43|
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きれいごと

これから、きれいごとを言います。

平和。
愛。
自由。
平等。
友愛。
人類、みな同じ。
助け合い。
思いやり。
みんな仲良く、手を取り合って。
みな、分かり合える。
純粋なこころ。
優しさ。
君の苦しみは僕のもの。
ボランティア。
募金。
弱者を救おう。
救いの手をさしだそう。
博愛。
人の笑顔。
無垢な心。
清らかな涙。
一生懸命がんばりました。
楽しかった運動会。
先生さようなら。
離れ離れになるのは寂しいよ。
別れても、心は一緒だよ。
いじめをなくそう。
うそはつくなよ。
みんな素直だね。
戦争反対!
君っていいやつだね。
信じる。
かみさまほとけさま。
世界はひとつ。
お金持ちの発言。
政治家の一言。
TVのコメンテーター。
みんな愛してる。
輪になっておどろ!
みんなで練習しよ!そうすれば勝てるよ!
正しさ。
公平。
公共哲学。
NGO。




愛とか正義は、自分の中にあればいい。


kireigoto.jpg

  1. 2005/06/16(木) 02:21:55|
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人間愛の欠如

人間愛が欠如している。
心の中にぽっかり穴が開いたように、ごっそりと剥ぎ取られてしまったかのように、人間愛を失っている。
きっと誰しもが持っているであろう、温かく、すべてを許すことができるような気持ち。
誰かのそばにいて、誰かと一緒にいて、ふつふつとわいてくるあたたかな気持ち。
許されないこの気持ち。
手にしようとすればするほど沸き起こる、矛盾。
冷酷で残酷な、存在。


他人の助けなんて、いらない。
自分には薬という強い存在があるから。
これがある限り、人の助けなんて無用。
救いのサインを目にしたら、それに答えてあげるのみ。
もう他人に迷惑はかけられない。


こういう日は、よく嫌な夢を見る。夢の中で、自己嫌悪に陥っている。大勢の過去に知り合ったさまざまな人が出てきて、次々に自分の前に現れる。その人たちと比べて、自分の浅はかで偽善に満ちた心を感じて、自己嫌悪する。そんな夢を、ずっと見てきた。起きて目を覚ますと、さっき見た夢の嫌なイメージがまだ、起きてもまだ残っていて、布団から抜け出して、現実に向かうのが嫌になる。現実が怖くなる。でも、時間が経てばそんな嫌な気持ちも失せていき、自分を平常に保てるようになる。
こういう日は、誰とも会わずにじっとしているのが一番いい。独りきりで過ごすのが、一番いい。少し時間が経てば、全てが解決されて、全てが安定してくる。そうなるまで、じっと待つのが一番いい。


iyanayume.jpg

  1. 2005/06/12(日) 23:01:50|
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世界を知ったきになっている愚かな固体

世界を知ったきになっている愚かな固体がここにいる。

映画を観て、本を読んで、テレビを見て、ニュースを見て、新聞を読んで、頭で考えて、ネットを見て、世界を知ったきになるなんて、いやだ。

頭だけが動いている。
言葉だけが宙を浮く。

体全体で、世界を痛感したい。


sekai.jpg

  1. 2005/06/07(火) 23:57:40|
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映画を観ること

 自分にとって映画とは何だろうって考える。それは、ある意味もう生活の一部であり、無くてはならない物になっている。
 東京へ映画を観に行き、映画を観るためだけに渋谷や新宿に行くことすらある。行きの電車の中では決まって新聞を読み、着いたら即映画館へ。コンビニで買ったジュースとチョコレート(アルフォートの安いやつやアーモンドチョコレート)を手に、本編までの予告が上映している間にそれを頬張る。席は最近は決まって前から3列目辺りを。巨大なスクリーンが目の前に広がり、映画が始まる。これから自分にこの映画はどんな興奮と感動を味わせてくれるのかと、期待に胸膨らむ。
 映画の世界に浸る。心地よい時間。世界を自分だけが独占しているようだ。その、映画の世界を。
 観終わったら、プログラムを買い、時にはサントラやポスターも。映画館の中に張られている映評を読み、他の映画のパンフレットを手にしてその場を去る。帰りの電車の中で、プログラムを読みながら観た映画に関して自分なりに思考をめぐらしてみる。
 こうやって、自分の世界は広がる。自分のもつ世界は、ぜったいに自分ひとりの力だけでは広がることは無い。例えば人によって、その手段は音楽だったり、本だったり、演劇だったりする。自分のそれは、断然映画だ。映画を観て、愛を考え、戦争を考え、社会を考える。映画によって、自分が支えられている。自分は自分ひとりだけから構成されているわけではない。それは自分が出会った人であったり、出会った友人であったり、そして映画であったり、つまり自分以外の全ての世界によって、自分という人間は支えられているのである。
 自分はこれからも映画を観続けるだろう。幼少の頃観た「ゴースト・ニューヨークの幻」以来、まさか自分がここまで映画に埋没するとは思わなかった。
 世界を知る手がかり、世界を考える手がかり。それが自分にとっての映画という存在なのだ。


eiga.jpg

  1. 2005/05/17(火) 01:23:14|
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愛する人よ、共に生きる喜び

 自分が自分以外の他者、世の中、弱者にしてあげられることって何だろうって思う。
 自分があなたにしてあげられることってありますか?
 あなたが自分にして欲しいことはありますか?
 あなたが自分を必要としたときに、自分がすぐに飛んでいけないのが悲しい。
 いや、飛んでいけないんじゃない。何をしたらいいのかが分からない。分からない?ただ、何も考えていないだけなんじゃないか?
 あなたが胸を痛めたとき、自分も胸を痛めるよう励みたい。
 あなたが苦しんでいるとき、あなたの苦しみを少しでもやわらげたい。
 果たして自分にそれができるのだろうか?
 いつも、自分のことばかり考えている。
 こんな自分をお許しください。
 自分を犠牲にして、あなたにしてあげられることを見つけたい。
 あなたの生きる苦しみ。それを自分が理解できないのが悲しい。
 ただの傍観者でいる、こんな自分をお許しください。
 愛する人よ、共に生きる喜びを分かち合いたい。


ai.jpg

  1. 2005/05/11(水) 03:13:56|
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生き恥

昨日の朝日新聞の書評欄に、岡本太郎の
「人に会いたくなくなるのは自分自身に会いたくないからだ」
って書いてあった。
これ、すごいよく分かる。
自分がどういう人間かだとか、自分自身の弱さって他人と接しないと把握できない気がする。周りの人と自分を相対化して初めて、自分の弱さを知ることができると思う。
そして、それを知って愕然とする。
ああ、自分って実はこんなにも愚かで、浅はかで、弱い人間だったんだと。そして、自己嫌悪に陥り、もうこんな人間は他人と会う資格なんか無いと思い込み、人と次第に会わなくなる。
一人でいるのは、ものすごい楽だ。でも、ものすごい退屈なことだと思う。自分の弱さに気づけないから。一人でいて、自分と見つめ合ってるのはそれは実は気のせいなんだ。一人でいても、何も分からない。
自分は、日々変化し続けたい。いや、精神的に。でも自分の弱さと向き合うのに、恐れている。現実で生きるのを恐れている。いつまでも、眠って、夢の中にい続けたいと思う。
生き恥、さらしてる。


ikihaji.jpg

  1. 2005/05/09(月) 23:58:44|
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安定することの恐ろしさ

安定することって恐ろしい。
日々、自分以外の世界=世の中や周りの事象に目をむけ、胸を痛め、あれこれ思索しなければいけないのに、心が鈍感になってしまって何も感じることができなくなってしまう。
心が平和になるって恐ろしい。
他人の痛みに目を向けなければならないのに、その痛みすら感じない。
心が汎庸になっていく。
ただ、流されるだけ。気づいたらそこにいて、ただそこにいるだけ。
ただの固体。
もっと、自分を急き立てなければならないと思う。
心の安定に充足しきっている。

もっと胸がいたくなれ。


michi.jpg

  1. 2005/05/05(木) 00:43:06|
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