逃源郷

世界は闇なのか

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原風景は秋田の雪景色かもしれない

今日、近くの図書館へ行った。

お腹がすいて、休憩所で飯を食べていると、女子高校生が二人、テーブルに腰掛けているのを見かけた。
きっと休日に二人で受験勉強をしにきたのだろう、二人はどこか素朴で真面目そうな印象だった。
勉強が大変なのだろうか、一方の女の子は疲れ果てたようにうつぶせになっていた。
もう一方の女の子は、そんな彼女の様子をじっと見つめていた。
すると突然、見つめていた女の子は、うつ伏せになっていた彼女の頬に手をまわし始めた。
それがしばらく続いたかと思うと、今度はさらにお互いの唇を指でなぞり始め、そうして最後には二人肩を寄せ合い抱きしめ合ったのだ!

愛なのか。
あれが、
愛なのか!

帰り道。
信号待ちをしていると、すぐ横でやはりさっきの二人の女の子が、今度は寒がりの中体を寄せ合い、そうして遂には唇を重ね合わせ始めた!

愛なんだ。
あれが、
愛なんだ!

なんかこうして見てみると、人間観察ってやっぱり面白い。
この人はなぜ休日に図書館へ来て、そうしてなぜ年金の話をしているのか‥‥とか。人間交差点@千葉中央図書館。

それにしても、今日の千葉の夜の繁華街は、全体的にたばこ臭かった。
隣の部屋では、軽い宴が繰り広げられている。
きりたんぽが食べたい。


genfuukei2.jpg


  1. 2005/12/17(土) 23:15:34|
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早稲田映画まつりに行ってきた

今日はサークルの後輩と一緒に、早稲田映画まつりを観に、早稲田大学まで行ってきた。

なんというか、次の作品を撮るモチベーションがまたひとつ上がり、とてもいい刺激になった。

作品の中には、8ミリで撮った映画もあり、とても8ミリのデジタル化というか、編集のやり方とか、そういう8ミリの可能性がひしひしと感じられた。

あと自分が観た中で一番良いと思っていた映画が(おそらくこの映画の監督は小津安二郎が好きだ。多分!)、見事にグランプリを受賞し、なぜかこう自分のことのように、とても嬉しかった。

ともかく、なんかいい刺激になった。

あと、なぜだかよく分からないけれど、自分の今年作った作品を、ひろしま映画祭に出してみようって思った。

なんか内から出る芸術というか、創作というかそういうのは、抑制とか圧制とか苦籐から生まれるって、よくいわれるような気がするけど、なんとなく、それはすごくわかるような気がする。

ちなみに、早稲田の街はとても良かった。古本屋がたくさんあり、おいしそうなお店もたくさんあり、そしてラーメン屋もすごくたくさんあった。帰りは、メイン通り沿いにある、ハワイにまで出店しているという(店の名前は忘れた)ラーメン屋で、塩ラーメンを食った。ふりかけや白ごまのトッピングが用意してあって、薄味の塩ラーメンがよりおいしく食べられた。後輩と軽く西千葉批判をしながら歩いたけど、確かに早稲田の街は、通いたくなるくらいとてもにぎやかで素敵だった。


waseda.jpg


  1. 2005/12/16(金) 22:29:25|
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ドラマツルギー

今日、学校の図書館で、次の映画作りの参考にしようと思って読んだ、
シナリオ法とかなんとかいう本の中の一節に、なかなか良いことが書いてあった。

「人生はドラマのようなものである」

人生において、葛藤や対立、悩といったものは当たり前なことで、そのなかから素晴らしいドラマが誕生するらしい。
あと、物語の主人公にはなるべく困難な状況に立たせて、次に一連の難題を与えてそれをひとつづつ解決していく様をドラマ仕立てに見せると面白い物語が完成するだとか、題材は自分の身近に起こった出来事から発想を得たほうがいい、というようなことが書いてあった。

なるほど確かに、
次の映画に出演してもらいたいと考えていた、大学で猫の世話をするサークルに所属している人と、以前から面識はあったが今日やっと長話をすることができたとか、これもひとつのドラマなのかもしれない。
あと、
夜帰宅する途中、サークルの後輩が、大事にしていた指輪をどこかに落としてしまったことが分かり、それがなんとか見つかった(砂利道の中にまぎれていた)というのも、またひとつのドラマなのかもしれない。

あと、本の中には頭の中でぐちゃぐちゃになっている考えは、なるべく文字化した方がいい、というようなことも書いてあった。
ふむふむ。。


dorama.jpg


  1. 2005/12/15(木) 01:37:13|
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今日も寝過ごした。。。

あー、今日も夕方に起きてしまった。。。
しくじった。
しかも5コマの時間は、卒論題目発表の練習会で、それに大遅刻してしまった。
自分の発表の直前に教室に到着し、大慌てで発表原稿を人数分コピーしに行った。
担当の教官には、迷惑をかけてしまった。。。すいませんでした。

発表はなんとか無事にすませたけど、胸に痛い質問をたくさん投げかけられた。

「しばたくんは、この論文を一体どの方向に持っていきたいんですか?」

‥‥それは、自分が聞きたいです!!

「えーと、、、それは今模索中です・・・」
とか何とか言って、ごまかしました。

いや、でも本当に論文は一体どうなるのだろう。やるからには徹底的にやりたいし、中途半端はいやだ。
「秋田県の自殺率の高さに見る、その社会的背景」たるものをやるんだけど、自殺率の高さと土地背景をいかにして結びつけたらいいのか、当の自分にもまったく見当がつかない。ましてや、自殺の原因なんて、はっきり特定できるわけないし‥ということもとある教官に指摘されてしまった。
ふー。。。
  1. 2005/12/14(水) 00:19:55|
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軌道修正

なんというか、最近とても自分自身の生活の仕方や、その他もろもろの面に関して、軌道修正の必要性を感じる。
どうも、以前にも増して、このままでは駄目だと思う日や時間が増えてきているように思える。
自分自身を今よりよくするためには、やはりそういうことを普段から意識しながら生活していかなくてはならないと思う。
誕生日を機に思ったことは、まず改めて自分のひねくれ度合いがいかに強いかってこと。
あと、過去の自分のブログの記事なんか読んでいて思うのは、なんか例えば”寂しい”っていう4文字の言葉、他人に言うと恥ずかしいような気持ちを、ただ抽象的な言葉を羅列して、格好良く見せようとしているだけだなーと。
日々生活していて、なんだかんだで現実的ないろいろなことがあるにも関わらず、自分の気持ちに正直に書いていないなーと。
つまり、具体性に欠けている。
なんだろう、今になって改めて極度のシャイなのかな。
じゃあ、例えば、昨日あった現実的なことを書いてみよう。
・昼の1時頃起きた。いや、正確にはサークルの人に電話で起こされた。
・2時頃から自宅で映画のアフレコがあった。
・その後学校へ行き、授業に出た。なぜか、『蝶の舌』を見せられた。
・映画観てる時間がもったいなかったので、授業を抜け出して部室へ行き、東京学生映画祭へ送るサークルの紹介文をメールで打った。
・4コマ終わるまでまだ時間があったので、遅い朝飯を新興食堂で食べた。今日は、豚生姜定食を食った。
・4コマ後、サークルの部室へ。自分の出番であるアフレコがまだ始まらないということなので、それまで今月に行うイベントのポスターを西千葉のHAKOとか、ドトールとかに貼りに行く。
・アフレコは5コマ後からということなので、それまで図書館で映画理論に関する本を4階で読む。
・5コマ後自宅へ、アフレコ。
・8時過ぎには終わる。
・図書館へ行き、片付けていなかった本を書棚に戻し、松屋へ飯を食べに行く。
・そこで偶然さっきまでアフレコを一緒にやっていたサークルの人と、あとバンドやってる知人に遭遇する。牛飯セットを食った。
・飯を食ったあと、千葉駅方面へ。
・12時頃まで自宅でアフレコが行われるようなので、漫画喫茶で時間つぶし。
・12時過ぎに漫喫を出る。
・帰宅途中、アフレコ終了の知らせをうけ、自宅へ。
・そして、今までネット。

自分が思ったことを、気持ちに正直に書いたり伝えたりするのって、実は難しいんだな、と最近つくづく痛感している。
秋田人の県民性は、格好つけっていうのがあるらしい。
なんか、当ってるなー。
  1. 2005/12/09(金) 05:06:26|
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トゥエンティートゥーyearsパーティーboy

「近頃の若いモンは‥‥」
という決まり文句で始まる大人のとつとつとした説教が嫌いだ。
若い人間を見ただけで、成っていないだとか、ぱっと見の判断で若者に対するイメージを思い込みで語ろうとする大人もあまり好きにはなれない。
大人同士でそういうことを話すのはまだいいとしても、それを若者に面と向かって直に語ろうとするのはもっと嫌だ。
だいいち、そういう自分の価値観だけに基づいて若者に説教しようとする大人に限って、実は当の本人が”成っていない大人”だったりする。

と、
たかだかこんなことで腹を立てている当の自分こそが、まだまだ子供だなあなんて思ったり。

今日、サークルの後輩ともう一人別のサークルの後輩とで食べに行った、西千葉にある佐平という魚料理屋。
定食の前に、しじみとマカロニと味噌こんにゃくのつまみがついてくるという代物。ご飯大盛のさんま定食。ボリュームたっぷりでとてもおいしかった。
後輩は食べるのを嫌がっていたけど、大きな貝殻に入ったしじみは、生まれて初めて食べてみたのだけれど、意外と甘みがあって美味かった。
それに、こんなしじみのつまみには、なんかビールが合うなあ、なんて思えた自分がほんのちょっぴり嬉しかった。


平和とか、友愛とか、信じ合える!だとかいう、きな臭い奇麗事は大嫌いだ。
僕は、今まで生きてきて、素晴らしい家族や友人、そして愛するパートナーに恵まれてとても幸せでした。子供たちにも、幸せになって欲しい。そして、この世から戦争や飢餓が無くなり、光り輝く素晴らしい世界が訪れることを、切に願っております。

あほか!


大人になるって、
ちょっとずついやほんのちょっとずつではあるのだけれど、
心の余裕が出来て、
色んな自分が嫌だって思っていたものを少しだけ許せるようになったり、
なんとなくこれ苦手だなあなんて思っていたものが、ちょっとずつ少なくなっていくことなんじゃあないかなあ、
なんて思ってみたりする。

でもでもまだまだ、
日々後悔、これ、
日々反省。


ということで、12月3日、今日は22歳の誕生日。
わっほう!


22.jpg


  1. 2005/12/03(土) 01:17:33|
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逃源郷は、まだ終わらない

夏休みが終わって、大学3年の後期を向かえ、もう1ヶ月が過ぎた。
夏休みは、広島へ旅行に行ったり、サークルで沖縄合宿があったり、後輩の映画撮影の手伝いがあったり、短期バイトをやったりと、いろいろあったようで、なんとなく今年の夏はあっけなく過ぎ去ったような気がする。それでも、今年の夏がなかったら、今の秋は無いと言える。
大学が始まると、なんだか新鮮な気持ちに立ち戻ることが出来て、普段めったに授業に出ない自分も、最初のうちは初々しく授業へ登校して教授の言葉にメモを走らせたりする。ただ、興味のある授業ならまだしも、専門のつまらない授業は早々に出席率が低下してしまう。それでも、専門だからと仕方なしに授業へ出ても、退屈になって無駄に携帯をいじって電池をすり減らしてしまう。
そんなこんなで、10月は大学祭の準備に勤しんだ。
知り合いが見てるので、あまり詳しくは書けないが、とりあえず疲れた疲れた。お好み焼きのテント、売り上げが思うように伸びず、無念さが残るし、まだまだ出来たんじゃないかという思いでいっぱいだ。それでも、やり遂げた感をつかむことが出来てよかったと思う。

大学3年の後期ともなると、リクルート姿に身を包んで、とか会社の面接でだとか、たまに会った知人に就活してる?なんて聞かれるが、自分にとってそんなこと他人事のようでしかない。というか自分はそういう、大学が終わりに近づいたら就活をすべきだ、いやするものなんじゃないかという必然的流れに対してなぜか抵抗感が沸いてしまう。今の、そしてこれからの自分というのはそういう行為によって形作られるわけではない。永遠の迷い人。模索。探求。選択。明日の理由は誰も知らない。

逃源郷は、まだ終わらない。
逃源郷は、まだまだ続く。


asunoriyuu.jpg


  1. 2005/11/13(日) 23:13:22|
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